【メッセージ軍手に思いを込めて】 


昨年の西日本豪雨で大きな被害を受けた愛媛県宇和島市のみかん農家の皆さんとの交流については、以前ご紹介しましたが、現地では7月に入り収穫の時期を迎えています。

立っているのも難しいほど急峻な傾斜地で、復興と収穫に取り組む吉田町玉津の皆さんにエールを届けたいと、作新学院の生徒たちが「メッセージ軍手」を作製し、先日贈らせて頂きました。
 


 

思い思いのメッセージやイラストが描かれた軍手は約320組。

 


 

作製にあたったのは、環境保護や国際支援といった社会貢献活動に取り組む「地球環境クラブ」のメンバーたちです。
 


東日本大震災をきっかけとして誕生した「地球環境クラブ」は、年を追うごとにメンバーが増え、今年度は小学部、中等部、高等学校合わせ300名を超える児童・生徒が所属しています。

実は今回の「メッセージ軍手」というアイディアも、東日本大震災の際に当時の中等部生が、防護服を着て汗まみれになりながら命懸けで頑張って下さっている、福島原子力発電所の作業員の方々に感謝の気持ちを届けたいと作製した「メッセージ手ぬぐい」が原点となっています。
 

 

 

【日本一の吉田町を生んだ誇りと挑戦】

偶然にも、作新生がメッセージ軍手を作製している丁度その時、宇和島市吉田町のみかん農農の水害から一年の日々を追ったドキュメンタリー番組「みかんの花が咲く谷で」がNHKのETV特集で放送されました。
 


 

たまたま番組を目にした私は、みかんの木々が地面ごと広範囲に崩落してしまった畑や、土砂が部屋の奥まで流れ込み完全に押し潰されてしまった家々、何よりもその惨状を眼前に呆然と立ち尽くす吉田町の人々を目の当たりにし、言葉を失いました。

玉津の皆さんはこれまでに何度も、収穫期の違う様々な柑橘を、作新宛に送って下さいました。

そのどれもが奇跡のように美味しく、私たちはただ素直に舌鼓を打っていたのですが、そんな果実がこれほどまでに血の滲むような努力と絶望一歩手前の苦悩の中で育てられ、収穫され、届けられたことを知り、涙が止まりませんでした。

新聞やネットで見たたった数枚の写真で、現地の被害状況を知っているつもりになっていた我が身を恥じるとともに、あんな悲惨な状況の中でも希望を失わず、自分の家の片付けもままならぬまま畑の世話に全力を尽くし、互いに励まし支え合いながら復興を目指す吉田町の皆さん方に、心の底から敬服しました。

同時にこの番組によって、吉田町の皆さんに宿る“不屈の精神”が、日本一のみかん産地という矜持と、過酷な試練を“挑戦”という二文字で幾度も乗り越えてきたその歴史から生まれていることも教えられました。

急峻な傾斜地を想像を絶する労苦を積み重ねることで、見事な段々畑へと切り拓いた初代の強靭さ。

先達の苦労を無にするまいと必死で頑張り続け、吉田町を押しも押されもせぬ日本一のみかん産地に押し上げた努力と誇り。

しかし、みかんの豊作により価格が暴落した時代には、もっと付加価値の高い柑橘に切り替えることを率先して決断し、代々育て上げて来たみかんの木を自分たちで切り倒し、新たな品種に植え替えて来た先見性と勇気。

常にフロンティアとしての矜持と使命感を忘れず、より高みを目指し頂点に向かって努力を重ねる姿は、口幅ったいことを言わせていただけば、134年受け継がれてきた作新学院のスピリッツや歴史と重なるところが多々あり、胸が熱くなりました。

【目指すのは、復旧でなく「復興」】

吉田町では現在、原状回復の「復旧」ではなく、同じような水害による被害を二度と起こさず、しかもより効率的により多くの収穫が得られるよう畑を整備する「復興」計画が進められています。

小さな話で恐縮ですが、作新でも東日本大震災で被害を受けた体育館を建て直す際、元通りに建物を作れば相当の補助金が行政から支給されたところ、敢えて近県には無かったような床面を人工芝で貼った「総合室内練習場」を、学院で全額負担し建設しました。

私は震災当時、子どもたちに対して「日本は震災からの“復旧”ではなく、(震災を糧に前よりももっと良くなる)“復興”を目指さねばならない」と語っていました。

ですから財政難の折、補助金は喉から手が出るほど欲しかったのですが、震災前より高みにのぼる作新という夢に賭けて、院長とともに室内練習場の建設を進めました。

その思いが実ってか、東日本大震災の年から始まった甲子園連続出場記録は、今も途絶えることなく既に8夏目を数え、この室内練習場で鍛えられた選手たちは、遂に悲願だった「深紅の大優勝旗」を54年ぶりに学院へと持ち帰ってくれることとなりました。

   

 

 

作新の「復興支援(ふっこうしえん)」には、甲子園(こうしえん)という文字が、その思いや願いとともに込められている。

そう誰に何度話しても真に受けてはもらえませんが、私は本気でそう信じています。

思いの強さと、それに裏打ちされた不屈の努力こそが奇跡を起こす!
 


 

私はそのことを、甲子園優勝やオリンピック金メダル獲得など、作新で何度も体験させてもらいました。
 

 

 

吉田町の皆さんとのご縁も、きっとそんなことがあって、天からいただいたのだと思っています。

吉田町のみかん畑をはじめ、地震や水害などで被災された全国の皆さん方が「復興」を遂げるその日まで、作新学院はずっとずっと応援を続けて行きます。