新園児たちを満開の桜とともに迎え、昨日、作新学院すべての設置校で入学式を無事に終えることができました。

 

作新に奉職してもう20年になりますが、4月4日の高校入学式から13日の幼稚園入園式まで、幼・小・中・高・大5つの設置校すべてで、新入生を満開の桜のもと迎えられたのは、今年が初めてです。

 

 

この間に始業式も行われましたので、都合6回の式典がいずれも桜色の寿ぎに包まれ、平成から令和への御代替わりに相応しい新学期となりました。

 

 

そうした中でも、4月10日の小学部入学式はとりわけ印象に残っています。

 

この日は朝から凍える寒さで、桜も薄っすら雪化粧という一日となりました。

 

 

天気予報でも、以前からこの日だけは寒波が到来し雨模様と伝えられていましたので、入学式でこの天気について子どもたちにどう説明しようか、随分と頭を悩ませました。

 

と言いますのも、作新学院の小学部と中等部はキリスト教の“愛の精神”を教育の礎にしていますので、式典は神への「祈り」から始まります。

 

ハレの日である入学式に、今日の天気を与えられた“神の愛”を、どうしたら小学校に上がり立ての子どもたちに理解させることができるのか・・・

 

これは、なかなかの難問でありました。

 

 

小学部吹奏楽部による「威風堂々」の演奏とともに、70名の新入生が会場である小中体育館に入場して来ました。

 

寒さにもめげず、皆しっかりとした足取りで場内を行進し、着席した後も落ち着いていて、担任から一人ひとり名前を呼ばれた際もはっきりとした声で返事ができました。

 

あぁ、やはりこういう逞しい子どもたちだからこそ、神様は今日の天気のような“試練”をお与えになったのだと、確信することができました。

 

 

理事長としての式辞を述べにマイクの前に立つと、新入生にまずこう問いかけました。

 

「正直を言うと、今日、もっと晴れて暖かい日だったら良かったなと思う人、手を上げて下さい。」

 

すると、新入生だけでなく、後方に座っている二年生から六年生までの上級生たちも、次々に手を上げ始めました。

 

「それは、そうだよね。先生もはじめ、神様はせっかくの入学式にどうしてこんな天気を与えられたのかわからなくて、色々と考えました。

 

でも、さっきの皆さんの堂々とした入場行進やしっかりしたお返事を聞いて、その理由が分かりました

 

神様というのはね、この子は強いな、立派だなと思うと、もっと成長させてあげようと思って、しんどいことを与えるものなの。」

 

目をまん丸くして真剣に話を聞いている新入生たちですが、どうも納得が行かないらしく、前列の女の子などは無意識のうちに首を左右に振っています。

 

(「試練」という言葉や抽象概念が分からない幼な子を前に、この話をするのはさすがにキツい・・・)

 

と心の中では呟きながらも、ここで心が折れてどうする、と自分を鼓舞しわざと明るい声で、

 

「本当よ。神様は、愛している子どもたちには、敢えて大変だなと思うような課題を与えるものなの。

 

でもそんな大変な思いを最初にするとね、その後からの毎日がとても幸せになるの。

 

その証拠に明日、みんな学校に来る時に晴れていたら、あぁ晴れて良かった!って、きっと幸せな気持ちになれる。

 

でも、もし今日晴れていたら、明日晴れたとしても、なんだまた晴れかって、別に感動も感謝もしないでしょ。

 

だから、最初に大変な日が与えられたのは、神様がみんなをとても愛してくれているからなのよ。」

 

納得…とまでは行かないまでも、「そう言われれば、そうかなぁ」といった感じの表情へと、新入生たちの心が少しずつほぐれかけて来たことを感じました。

 

「それからね、今日のお天気にはもう一つ大きな意味があるの。

 

作新学院のこのキャンパスには、中学生や高校生のお兄さんやお姉さんが数えきれないほどいっぱいいるけれど、みんなより小さい幼稚園生もいるんだよね。

 

その入園式があと3日後に行われるんだけど、もし今日晴れて暖かくなると、その頃には桜が散っちゃうんだよね。

 

でも、今日みんなが寒くて冷たい雨を我慢してくれたお陰で、きっと幼稚園の入園式まで、作新の桜はちゃんと咲いててくれると思うんだ。」

 

フーン、そうか。でも、幼稚園の子どもたちのために、なんで今日、僕たち私たちがこの天気なの?といった表情。

 

「作新学院の小学部でみんなが目指しているのは、リトル・レディー、リトル・ジェントルマンになること。

 

みんな紳士・淑女ってわかるかな?」

 

新入生、一斉に首を横に振ります。

 

「それは、わからないよね。

 

上級生のみんなは、わかる?

 

紳士・淑女っていうのは、要するに立派で素敵な大人っていうことなんだけど、具体的にどういう大人が立派で素敵かっていうと、それは色々な考え方があるよね。

 

私が考える紳士・淑女というのは、自分よりも弱かったり、困っている誰かのために、自分が我慢できる人だと思うんだ。

 

心の中では自分が先に行きたいと思っていても、その思いをグッと我慢して、お先にどうぞと言える人。

 

今日みたいな雨の日に、たとえ自分も半分濡れてしまうかもしれないけれど、傘がない人に自分の傘を差しかけてあげられる人が、本当の紳士・淑女だと思うんだな。」

 

ここまで来ると、新入生たちから疑いの眼差しはほぼ消えたようで、心なしかその表情も晴れやかに見えました。

 

それにしても、今年の一年生の集中力はとても高く、パイプ椅子からまだ全然地面につかない足をユラユラさせることもなく、こんな小難しい説教話にみんなジッと聞き入っているのですから、大したものです。

 

それに引き換え世界の大人たちは、すっかりトランプ流の自分ファーストが主流になってしまって、困ったものです。

 

入学式を終え会場を出ると、式典前は雨模様だった空からは雪が舞っていました。

 

「雪だ!雪!」、子どもたちからも次々と歓声が上がりました。

 

 

こうして入学式最終日である幼稚園入園式まで守り繋がれた、今年の作新桜。

 

見上げると、一青窈さんのヒットソング「ハナミズキ」のフレーズが浮かんできました。

 

この曲は、9.11米国同時多発テロをモチーフに作られた歌だそうです。
 

 ・・・お先に行きなさい。

       どうぞ行きなさい。

       僕の我慢が、やがて実を結び・・・

教育とは、100年先の世の中の幸せを思って、今この瞬間にベストを尽くして行く仕事であることを教えられた、平成最後の入学式でした。