今、日本の「学術の樹」が倒れようとしている。
 
学術とは、研究成果という製品を作り出す機械ではない。

 
アカデミアとは、企業や国家が必要とする人材を製造・供給する工場ではない。
 
「学術」、それは大きな樹木のような“生命体”である。
 
だから、一定の環境が維持されて初めてその生命は繋がれ、成長し、研究成果や人財という果実をもたらす。
 
だがしかし、今、「学術の樹」が立つ大地のほとんどは、水が枯れ土が痩せ荒れ果てている。
 
その一方で、不適切に大量の水や肥料を注ぎ込まれた大地では、樹々が根腐れを起こしかけている。
 
若い芽が育つ健全な大地が無ければ、健全な樹は育たず、社会を豊かにする研究成果(シーズ)やイノベーションといった果実も生まれない。
 
シーズとは、手をこまねいていてもどこかから飛んでくる“種”ではなく、数え切れないほどの研究者たちが営々と、時代や国境を超えて繋ぎ育て上げてきた、好奇心と努力と情熱の“結実”である。
 
学術の大地を耕やそうとしない者、その萌芽や苗木・若木を育てようとしない者が、正当な対価も払わずに果実のみを収穫しようとすることほど、卑しく愚かなことはない。
 
樹が倒れてしまうまで、もう一刻の猶予も残されてはいない。
 
「学術の樹」を守るため、心ある全ての人々が力を一つに、声を一つに。
 
今、その時が来ている。

 

 

昨秋、ノーベル賞受賞決定まもない本庶佑京都大学特別教授の講演から始まった「科学技術基本問題小委員会」。
 
昨今、低迷が著しい日本の科学研究力の復興に向け、主に「基礎研究の振興」と「若手人材の支援」という側面から、これまで自民党本部に約20名の講師を招きヒアリングを重ねてきました。
 
そこで明らかになったのは、基礎研究や人材育成といった、成果の発現まで時間を要するけれど、科学技術・イノベーションの発展には不可欠である「基盤的要素」に対する価値認識のギャップ。
 
本庶教授以外にも、梶田隆章、大隅良典両ノーベル賞受賞者をはじめとする世界的科学者や基礎研究に造形の深い企業家が、基礎研究の重要性と日本の研究環境の危機的劣悪さをいくら説いても、「基礎研究の費用対効果をエビデンスで示せ」といった議員からの一言で、打ち捨てられてしまいます。
 
その一方で、同じ研究者や企業家の講師でも応用科学寄りの材料工学や化学分野に属する人たちは、基盤的要素への投資に否定的な意見を開陳し、議員たちは我が意を得たりと大いに盛り上がりました。
 
こうした分野は、研究成果が発現するまでの時間が短いので、短期に数値化できる成果を求める現政権の科学技術政策担当者たちと価値観を一つにします。
 
日本の科学技術政策の司令塔である総合科学技術イノベーション会議(CSTI)議員の大半も、こうした研究・産業分野から選ばれています。
 
政策的に、基礎研究や人材育成に資金が回らない構造ができあがってしまっているわけです。
 
このままでは日本の科学技術、いや科学だけでなく日本の学術研究全般の、息の根が止められてしまう!
 
そんな追い詰められた胸の内から吐露されたのが、冒頭の文章でした。
 
 
そうした中、先日、同委員会で講演をいただいた京都大学元総長の井村裕夫先生からお手紙を頂戴しました。
 
井村先生は、初代の総合科学技術会議の常勤議員であり、同会議を政府の単なる諮問機関から科学技術政策の司令塔へと格上げすることに尽力された功労者です。
 
お手紙には、明治9年から東京大学で教鞭を執り、日本の医学の発展と医師の育成に多大な功績をあげたドイツ人医師 エルヴィン・フォン・ベルツ(Erwin von Bälz)の著書『ベルツの日記』から、次のような講演録を井村先生が要約して下さった文章が記されていました。

 
「すなわち、わたくしの見るところでは、西洋の科学の起源と本質に関して日本では、 しばしば間違った見解が行われているように思われるのであります。」
 
「西洋の科学の世界は決して機械ではなく、一つの有機体でありまして、その成長には他のすべての有機体と同様に一定の気候、一定の大気が必要なのであります。」
 
「諸君!諸君もまたここ30年の間にこの精神の所有者を多数、その仲間に持たれたのであります。西洋各国は諸君に教師を送ったのでありますが、これらの教師は熱心にこの精神を日本に植えつけ、これを日本国民自身のものたらしめようとしたのであります。」


「しかし、かれらの使命はしばしば誤解されました。 もともとかれらは科学の樹を育てる人たるべきでありまたそうなろうと思っていたのに、かれらは科学の果実を切り売りする人として取扱われたのでした。かれらは種をまき、その種から日本で科学の樹がひとりでに生えて大きくなれるようにしようとしたのであって、その樹たるや、正しく育てられた場合、絶えず新しい、しかもますます美しい実を結ぶものであるにもかかわらず、日本では今の科学の“成果”のみをかれらから受取ろうとしたのであります。この最新の成果をかれらから引継ぐだけで満足し、この成果をもたらした精神を学ぼうとしないのです。」
 

『ベルツの日記』トク・ベルツ(編).菅沼竜太郎(訳) 岩波文庫より引用

 

井村先生が、偶然に贈って下さったベルツの言葉。

 

その内容が、自分の書いた拙文とあまりに符合することに、正直とても驚きました。

 

まるで天から降ってきたようなこの言葉は、党本部で完全に四面楚歌である私たちの考えが間違いではなかったことを教えてくれ、たとえどんな逆風が吹きつけようとも前に進み続ける勇気を与えてくれました。
 
それが生易しいことでないことは、わかっているつもりです。
 
けれど、“進み続ける”という覚悟を示す意味で、この文章を公開しました。
 
もともと私が書いた文章のタイトルは「科学技術の樹」でしたが、ベルツの邦訳で「科学」と訳されている“Wissenschaft”という言葉には「学術」全般を包含するような深い意味があると解釈し、「学術の樹」としました。
 
党本部での委員会とりまとめを終えた後は、様々なカタチで「学術の樹」保護活動を展開して参りますので、もし共感して頂けましたら、どうかお力添えをよろしくお願い致します。