昨日(17日)のこの記事の続きである。
(東京多摩市が共催する)第29回多摩映画祭の授賞式に出掛けていた。
今回の会場は、中央大学の多摩キャンパスである。
多摩モノレールの『中央大学・明星大学前』というズバリの名称の駅で降りて歩いていく。
日曜日なので、大学のなかは、『簿記検定試験』などいくつかの試験の会場になっていた。
日曜日なので、大学のなかは、『簿記検定試験』などいくつかの試験の会場になっていた。
実は、台湾(つまり海外)からはチケット販売のサイトにアクセスできなかったので、12日に日本に戻ってきた時点で、もう売り切れかと思っていた。
ところが、まだ入手できたので購入した次第。
本日の会場である、この建物はクレセントホールと呼ばれているらしい。
おそらく、入学式、卒業式等のイベントなどに使われるような広い会場だった。
(もっとも中央大学の全部を収容するのは、到底無理な話だろう。収容人数は、せいぜいが2000~3000人の間くらいだろう。
今日は、そんなに来る人がいないようなので、スペースの中央部分を使っていた。)
(もっとも中央大学の全部を収容するのは、到底無理な話だろう。収容人数は、せいぜいが2000~3000人の間くらいだろう。
今日は、そんなに来る人がいないようなので、スペースの中央部分を使っていた。)
『映画』は正面のスクリーン(プロジェクター)で映像を表示するというスタイルなので、真横の席だと、その画面が見えにくいだろう。
(構造上、意外と、会場の一部の人に『死角』が生じるようになっている。)
(構造上、意外と、会場の一部の人に『死角』が生じるようになっている。)
これが、映画祭のポスター。
実行委員会に多摩市が加わっているような形であるから、多摩市内の人はこのポスターを何度か見ていることであろう。
(また、先日のKAWASAKIしんゆり映画祭ではないが、市からの財政支出に頼っている側面もある。)
実行委員会に多摩市が加わっているような形であるから、多摩市内の人はこのポスターを何度か見ていることであろう。
(また、先日のKAWASAKIしんゆり映画祭ではないが、市からの財政支出に頼っている側面もある。)
私は、この間、台湾に住んでいたので、このポスターももっぱらネットで見ただけ。

時間になったので、中に入れる。
基本は自由席だから、私が入った時点で、いい席は既に占拠されている。
(一部の席は、『支援会員』とか、少し余分におカネを出した人に優先的に回すと言ったような仕組みもあったみたいだ。)
私としては、『普通に映画が見られれば良い』と思っていた。
それで、前に座るために、あえて早くから行列に並ぶということもしなかった。
(それに、『授賞式』の間は、会場内の写真撮影なども禁止である。)
(それに、『授賞式』の間は、会場内の写真撮影なども禁止である。)
会場内には、このように大きなスクリーンが用意されていて、これでもって(映画だけでなく)その時々に壇上に登場する人々の様子がアップされている。
私の座った近くの席の女性は、『オペラガラス』みたいのを持ち込んでいる。
なるほど、こういうものを使えば、授賞式の壇上に上がる俳優さんなどの表情もうかがえて楽しいことだろうと思った。
授賞式自体は、午後の2時半~4時45分の間に行われる。その前と後に、今年の『最優秀作品賞』に選ばれた『長いお別れ』(中野良太監督作品)と『嵐電』(鈴木卓爾監督作品)が上映される。
私は、結局、今日は(も?)『寝不足』だったし、『寝不足』のままで映画を見ていると『寝落ち』してしまう危険性があったので、最後の『嵐電』のほうは見ないままに自宅に引き上げることに、早い段階で決めていた。
これが、最初に上映された『長いお別れ』。
中島京子さんによる同名の小説(連作短編集)を原作として、今年5月に公開された映画(製作は『長いお別れ』製作委員会)。
中島京子さんによる同名の小説(連作短編集)を原作として、今年5月に公開された映画(製作は『長いお別れ』製作委員会)。
山崎努、松原智恵子が高齢の両親、竹内結子、蒼井優がその娘たちを演じる、竹内結子の夫や息子役の俳優たちも好演。一昔前の松竹映画みたいな感じも漂う、家族を描く映画である。
山崎努は、元中学校校長だが、退職後に認知症を発症し、ゆっくりと記憶を失い、7年後に死に至る。
その過程と、家族とのやりとりを、リアルにそして時にはユーモアたっぷりに描いたのがこの作品。
その過程と、家族とのやりとりを、リアルにそして時にはユーモアたっぷりに描いたのがこの作品。
私は、特に母が認知症になって(多摩市内で)2016年に89歳で亡くなっていた(また、父のほうもその前年の2015年に97歳で亡くなっていた)ので、特に共感を感じる部分が多かった。
山崎努さんは、いつも存在感のある演技をする俳優だが、頼りなさそうな足取り、腰というかお尻のあたりの不安定な感じ、また、その視線やいろんな仕草が、父親と母親が亡くなる直前に示していた様子と、そっくりのところがたくさんあって胸を打たれた。
会場内には、比較的若い人が中心だが、高齢の観客たちもいたので、自分自身のこと、あるいは(若い人たちは)自分たちの親とか、祖父母の世代の話と言て見ていたのではなかろうか?
多摩市内には、高度成長の時代に自分の『持ち家』をもって、移り住んだような人たちも大勢いる。そういう人たちの一部は、今、『人生の後半(というかもっと後なのだが)』を迎え、自分自身や親たちの『認知症』に直面している人たちも非常に多いことだろう。
会場内では、すすり泣きの声がもれたり、横の席とか前の列に座っている人たちが、涙をそっとふく仕草をしているのも、うかがうことができた。
(そういう自分自身も、時々、目の周りをふいたりしていたのだが…。)
(そういう自分自身も、時々、目の周りをふいたりしていたのだが…。)
この映画は、見終わった後も、決して『嫌な感情』が残るタイプの映画ではない。
もちろん、いわゆる『ハッピーシーン』で終わるわけではないのだが…。
この映画(127分)が上映されたのちに、『昼食時間』もかねた休憩に入った。
その後、2時半から、『授賞式』が行われた。
(昼食時は、私は何も食べ物を用意していなかったが、大学の食堂などには、かなりの長い列ができたので、いっときは、自動販売機の飲料だけを飲んで、『昼食をとる』のは断念しようかと思っていた。
(昼食時は、私は何も食べ物を用意していなかったが、大学の食堂などには、かなりの長い列ができたので、いっときは、自動販売機の飲料だけを飲んで、『昼食をとる』のは断念しようかと思っていた。
ところが、長蛇の列は、意外と短時間で解消されたので、気を取り直して『いわし天うどん』というのを食べた。
(つづく)
(つづく)




