それにしても、これほどの『茶番』のようなデタラメが真面目に演じられるとは、思っていなかった。
 
昨日(15日)の正午から6時過ぎにかけて、2度にわたって、安倍首相は、いわゆる『ぶら下がり』で記者会見を行い(といっても、事前に予告されたものでもなく、その場にいたのは、在京メディアの『番記者』のような若手記者ばかりだったようだ)、特に2回目の『会見』では20分かけて、『ピン芸人』のようなコント風の『会見まがいの行為』を行ない、それで自らの疑いは晴らされた、『説明責任』は果たされたと考えているかのようである。
 
 
この映像、昨夜、バタバタしていたこともあって、まだよく見ていない。
 
その主張は、『5000円という会費は、ホテル側が設定したものだ』『宿泊客もかなりおり、総合的に考えて、ホテル側はこの料金でサービスを提供した』『立食パーティー形式なので、材料費はさほどかかっていない』『この金額は、安倍事務所が主催したものでなく、一人一人の顧客とホテル側の1対1の契約となっている。その場で支払われ、ホテル側は領収書を交付している』したがって、『安倍事務所が主催して、政治資金規正法違反の行為を行ったとか、ましてや公職選挙法違反の行為を行ったというようなことは全くない』という主張のようだ。
 
ただし、これらのことは、安倍首相が一方的に主張しただけの話である。
また、『安倍事務所』の人物が同席して、いろいろ細かな事実について答えたというようなこともなかった、ようだ。
 
このような『ピン芸人』のコントのようなことを演じてみせながら、<『桜を見る会』では、内閣官房が長年の慣行で首相らの推薦を受けていた。私の事務所も対応していた。私自身も反省をしなければならない。>(『読売新聞』のまとめた『ポイント』から)と他人事のような調子で話している。
また、<国会から求められれば、説明責任を果たすのが当然だ。>ともいう。
 
これは、国会の委員会においては、与党が多数であることから、『数の力』で何でも封じ込めることができるのを見込んでの発言である。
それで、いわば『国会に代わる場』として、このような『不意打ち、身内のみ、内容のない会見』を、突如、やってみせたのである。
 
このような会見を行なえば、さぞや、『朝日』や『毎日』をはじめ、あるいは『日経』あたりも騒ぐかと思えば、あれ不思議。
『朝日』や『毎日』であっても、『借りてきたネコ』のようなおとなしい紙面づくりにいそしんでいるのである。
 
とても、前日くらいまで、『怒りを隠さぬ紙面』をつくっていたのが、あれは『何だったのか?』とあきれかえるほどの、豹変ぶりである。
 
これは在京の大手メディアの幹部あたりに『根回し』をして、『今回は見逃せ』というような指示が出ていたのではなかろうか?
 
ちなみに、安倍首相の昨日(15日)の動向とか動静とかを、各紙とも報じているが、この日の安倍首相は、深夜0時32分から午前3時過ぎまで(3時38分に公邸に入っている)皇居で大嘗祭の儀式に参加していたはずである。

といっても、ただ座って、影を見守っているだけなのかもしれないが…。
 
 
このような深夜にまで及ぶ行事で疲れているはずなのに、精力的に『一人コント』などもこなすのは、ここで『一世一代の大芝居』をうっておかなければ、自分たち一族が滅ぼされてしまう、というような強烈な危機感を抱いているために、持ちこたえることができるのだろうか。
 
それにしても、安倍首相は、よくもこんな『危ない橋』を渡るものだ。
昨日の夕方の報道各社のインタビューのあとは、6時51分から丸の内のパレスホテル内の日本料理店で、日枝久フジサンケイグループ代表と会食もしているので、そういう場で、さらなる『マスコミ対策』のための(悪)知恵を巡らせているのであろう。
 
 
金曜日の昼、夜などに『不意打ち会見』をやるというのも、かなり居直った態度である。
たしかに今朝(16日)は土曜日であり、平日と比べて、ニュースを派手に取り上げるようなワイドショー番組はほとんどない。
 
似たような番組があったとしても、安倍を支えるような人物を司会者に据えていたり、あるいはまるっきり、社会的テーマを取り上げないような『食べ物』とか『文化など』を中心とする番組であったりする。
 
それだけでなく、来週の月曜日にも、この問題をワイドショーなどが集中的に取り上げることのないように、という配慮なのだろうか?
例によって芸能人(女優の沢尻エリカ容疑者)が、麻薬取締法違反の容疑でまたしても逮捕されている。
(彼女は、来年のNHKの『大河ドラマ』でも活躍するはずだった。)
 
次は、『このエサに食いつけ』と言わんばかりである。
こうした(微妙なタイミングでの)細かな芸(メディアに他の餌を、タイミング良く提供する)は、警察官僚を中心部分に据えている、安倍内閣ならではの、ある種の『隠し味』なのであろう。

私は、昨夜の馬鹿げた『会見』の話を聞いて、安倍首相は与党の誰かによって、いわば『生贄』として『一人会見』を余儀なくされたのだろうか、とも思っていた。
しかし、本日(16日)のように『朝日』『毎日』等も、おとなしい紙面の『仲間入り』を果たしていることを見ると、案外、これで『切り抜けられてしまうのだろうか?!』という不安も覚えてくる。
 
たしかに、これは安倍首相の政治姿勢、あるいは政治の総路線を批判してきた者にとっては、『流れに押し流されてしまう不安』を感じさせるような状況ではある。
 
しかし、ここから(さまざまな形で)声をあげてこそ、本来、このようなあまりにも『恥知らず』な総理大臣の行動に対して、怒りを感じているはずの人たちの感情を結びつける『力』となりうるのだろう。
 
そして、一旦、火が枯れ木に燃え移れば、『安倍城』は『炎上』して『落城』してしまうはずである。
今や、『長期政権』にかならず付きまとう、驕りやゆるみは、頂点に達しようとしている。
 
(『祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす』とする平家物語の、名調子が聞こえてきそうだ。)