逃げるが勝ち

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逃げるが勝ちとは、戦いを避けるのは一見卑怯なようにも見えるが、戦うばかりが勝利への道ではなく、時には逃げるほうが得策になるということ。

 

逃げ癖

困難なことに遭遇すると、すぐに逃げてしまう人には、「視野が狭い」という特徴があります。

後先考えずその場しのぎで「楽な道」を選んでしまう癖。

逃げ癖がある人は自分に甘いという特徴がある。他人に厳しくても自分には甘い。

「運が悪かった」「自分は悪くない」と考えてしまう。

「前に逃げて上手く行った」という経験が逃げ癖につながる。

 

リスクを抱えてしまった場合、自分にとって楽な方、メリットとなることが多い方を選択する。

それを咎められない環境であれば繰り返し逃げる。

 

上のものが咎めれば稀に改まることもあるが、上のものにも逃げ癖の自覚があれば庇ってしまう。

逃げ癖のある者は必ずと言っていいほど「言い訳をする」ので、それを由としてしまうわけだ。

 

逃げ癖のある人は、大体が親が甘やかせて育てた人間で、我が儘で飽き性でひとつのことを

長く続けるのが苦痛で、やり遂げるメリットを知らない。

成功体験が少ない者は逃げぐせがある。すぐに諦めてしまう性格だ。

 

逆に親が厳しく育てると、何事かをやり遂げても感動しないという精神構造を持つ

優秀でも褒められたり励まされたりという経験もない、そういう者も逃げ癖がある。

 

臆病者や失敗したくない人、何かトラウマを抱えている人は逃げ癖がある。

長時間緊張を強いられるとイザという場面で逃げることしか頭になくなる。

 

 

栗田 健男(くりた たけお、1889年4月28日 - 1977年12月19日)

最終階級は海軍中将。

1910年7月18日、海軍兵学校を38期生として149名中28番の成績で卒業。海軍兵学校38期卒業。

1911年12月、海軍少尉に任官。

1938年11月15日、少将に昇進。

1939年11月25日、第四水雷戦隊司令官に任命。

1940年11月1日、第七戦隊司令官に任命。

1942年1月28日、バタビア沖海戦において敵輸送船団発見の報告を受けたのに距離を撮ろうと画策した。

 

 

緊張とストレスに弱く度々、敵を前にして逃げ出すことから逃げ癖があると言われる艦隊の司令長官

 

バタビア沖海戦、ミッドウェー海戦で逃げ出し、衝突事故まで引き起こした。

レイテの捷一号作戦では連合国軍の輸送船団を目前にしながら謎の反転を演じた逃げ癖の持ち主。

 

栗田の逃げ癖は軍令よりも上と言うことになる。

 

海軍は馴れ合い、庇い合いが横行していた

「謎の反転」も部下を助けるためと命令違反を庇うものも多い。

後の世にはきれいごとも美談として正当化される。命令違反は消滅するが

 

 

 

【栗田艦隊の編成】 
 
 第一遊撃部隊第一部隊
  第一戦隊 戦艦「大和」「武蔵」「長門」←不沈艦だが鈍足戦艦が混ざっている「謎の編成」脚は揃えたほうがいい。
  第四戦隊 重巡「愛宕」「高雄」「鳥海」「摩耶」
  第五戦隊 重巡「妙高」「羽黒」
  第二水雷戦隊 軽巡「能代」 駆逐艦「早霜」「秋霜」「長波」「朝霜」「岸波」「沖波」「島風」「浜波」「藤波」

 第一遊撃部隊第二部隊
  第三戦隊 戦艦「金剛」「榛名」
  第七戦隊 重巡「熊野」「鈴谷」「利根」「筑摩」
  第十戦隊 軽巡「矢矧」 駆逐艦「浦風」「磯風」「浜風」「雪風」「清霜」「野分」