#032 ケンカの特効薬 | おもいでのヤンゴ

#032 ケンカの特効薬

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僕の妹は、実に理不尽だ。
おそらく家の中だけの振る舞いだろうけれど、とにかく道理なんてものは通じない。
そしてどういう訳か、僕はそんな妹に弱い。
なんでと言われると曖昧な部分があるけれど、
思い当たる理由がひとつだけある。



#032 ケンカの特効薬


小学校3年生の頃のボクの話です。


最近、お父さんとお母さんはケンカが多い。
何のことでケンカをしているかわからないけれど、とにかくケンカが多い。
そのうち離婚するんじゃないか、とボクは心配で仕方がなかった。


だから、ケンカが始まるたびにボクは、その場にいることにした。
何も出来ないかもしれないけれど、何かの足しになるんじゃないかという一心で、いることにした。
「あっちに行ってなさい」
そう冷たく言われても、構わずそこに居つづけた。
そのうちケンカもヒートアップしてきて、いよいよ「離婚」の2文字がボクの中で現実味を帯びてきたので、ボクはすごく怖くなった。
いつしかボクは、わんわん泣いていた。


泣いているボクを見たお父さんとお母さんは、ケンカをやめた。
そして、お母さんはボクの頭を優しくなでてくれたのだ。
ボクはまた一つ賢くなった。


「ケンカを止めるには泣けばいいんだ」



それから何日か過ぎて、ボクが妹のツキと遊んでいた時の事。
お父さんとお母さんは、またケンカを始めた。
こういう時、どうすればいいかボクは知っていた。
「ツキ、おまえ泣いてこい」


ボクは数日前に泣きを使っちゃったから、ツキの泣きに頼ることにした。
でも、ツキは泣けないと言ってきた。
「泣けばケンカが止まるんだぞ。
おまえ、お父さんとお母さんが離婚してもいいのか」
それでもツキは泣けないと言い張ってきた。
向こうでは、お父さんとお母さんの声がどんどん大きくなってきている。
それなのに、こいつのんきな顔しやがって。
「泣けったら泣けよ」
ボクは腹がたって、ツキのまん丸い頭をぶってやった。
ツキが泣くくらいに力を込めて。


泣くツキ

ツキは泣き出した。
やった、と思ったボクはすぐさまツキの手を引っ張り、お父さんお母さんのところに行った。
ボクの思惑通りにケンカは止まり、お母さんはツキをあやしだした。
よしよし、よくやったぞツキ。
ボクが達成感にひたっていると、ツキはボクを指さしてこう言ったのだ。


「おにいちゃんがぶったー。
ツキなにもわるいことしてないのに
ツキがなかないからってぶったー。
わーん」
こいつ余計なこと言いやがって。



お母さんは今までケンカに向けていた怒りを全部ボクに向けて怒りだした。
その顔は、ボクがものの5秒たらずで泣くほどの鬼の形相だった。
お母さんにぶった理由を何度も問いただされて、ボクは涙ながらにしぶしぶ答えた。
「だって… お父さんとお母さん… 離婚するとお…もって
泣いたら…ひっく… ケンカ… やめるとおもって…」


お母さんはやれやれといった様子でボクの話を聞き、その後、笑って言ってくれた。
「お父さんとお母さんは離婚しないわよ。
そんなこと心配してたの。あんたバカねえ。」
お母さんは、ツキをボクの前に差し出した。
「ほら、あやまりなさい」


ボクは、目を真っ赤にして口をとがらせているツキの頭をなでた。
「ごめんな…ツキ」
ツキはすぐに笑顔でボクに笑いかけてくれた。
まるで、さっきの事がなかったかのような笑顔で。



ツキはおバカさんだからなのか、済んだことはすぐに忘れる性格だった。
良く言えば、済んだことを根に持たないタイプとも言える。
それをいい事に僕は、同じような事を何度かツキにしたことがある。


僕が妹に弱いのは、
自分の都合のいいように振り回した負い目があるせい。


それが全ての理由という訳ではないけれど、
こういう訳で
今日も明日も妹には頭が上がらない。



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