無職は自由だ。
いや、自由には代償がつきもので、それが収入と精神的な不安。
つくづくアイ・アム・ジャパニーズを痛いほど思い知った。
それは時間の制約や義務こそが安定をもたらすということだ。
そんな代償を払っているので、仕事はじめの1月6日に開催される
中山競馬に参戦した。久しぶりに競馬場での孤独を味わう。
孤独であることは苦ではなく、とりわけ競馬場で孤独に徹するのは
我が美学に近い。
ひとりパドックで走るだろう馬を探す。
1回中山朝のパドックは朝日など微塵も当たらない。
体の芯から冷えるなか、アタマだけは凍えないようにと
馬を見つめる。
しかし結果的には私の眼は凍てついていたようで、さっぱり当たらない。
当たらない孤独を背負い、スタンドをうろつきながら目と頭を温める。
午後はいくらか日差しはあるが、冬の太陽は中山競馬場を避けるように
通り過ぎる。
しかし探さなければいけない。
孤独を決め込む以上は成果を出さねば意味がない。
中山10Rのジュニアカップ
ひと目でピンときたのが、②ドゥーベと⑧ハーモニーマゼラン。
どちらもダイワメジャー産駒。ときに騙されやすいダイワメジャーだが、
歩幅も広くて踏み込みも強い。なにより真冬の中山に強そうな
雄大な馬体が目立つ。
断然の1番人気はデイリー杯で強引に動いて負けた⑥サクセッション。
キングカメハメハ産駒はちょっとパドック診断が苦手だ。
やや歩幅が小さい馬が多く、私の好みではない。
これはキンカメ同様に筋肉が強いゆえに歩きに柔らかさがない
からで、産駒特有の特徴なのだ。
そうなれば、2勝馬3頭のここは明らかに確勝レベル。
国枝調教師にオイシン・マーフィー騎手とあれば、逆らうのは
無謀だ。
それでもデイリー杯で出した気性の難しさがある。
先週まで2歳馬だったわけで、過度な信用はどうだろう。
悩んだが、ダイワメジャー産駒の⑧ハーモニーマゼランが
どうしても気になり、この単複を買いつつ、
⑥サクセッションが来たらと考え、馬連⑥-⑧1点を
追加した。
理想は1着⑧2着⑥だ。これなら単がおいしい。
レースはサクセッションがスタートから控え、
ハーモニーマゼランはダイワメジャー産駒らしい先行策。
レースはハイペースで進み、4角で控えたサクセッションが
3番手外まであがってくる。さすが逃げ馬絶対許さないマーフィーだ。
必ず勝負所で前を射程圏に入れてくる。
そのサクセッションが直線でさっさと抜けていく。
単はないが馬連があると、ハーモニーマゼランだけを目で追う。
外から人気の⑨サクラトゥジュールがハーモニーマゼランに
並ぶ。あ、交わされると感じ、叫びたいところを堪える。
競馬場の叫び方は心得ている。馬券が取れるときに
その確信をもったタイミングでしか叫ばない。
しかし、さすがはダイワメジャー。交わされそうで交わされない。
サクラトゥジュールとの競り合いはゴール板は続き、
私はダメだ、叫ばねばと焦る。ここで叫ばなければ孤独を抜け出せない。
「大野ッ!」
2頭がゴール板を通過する瞬間、短くありたっけの声を一発。
「粘れ粘れ」も「そのままそのまま」もないたったひと言の絶叫。
俺は孤独なのか、そうでないのか。
近頃、細かい文字が苦手になった眼でシャッターカメラの映像を観ても、
その答えは分からなかった。
答えの出ない自問ほど無駄なことはない。
無職の間に思い知った教訓を思い出し、
メインレースのパドックへ移動する。
そして、パドックビジョンで2着にハーモニーマゼランが
残ったことを知る。
「よし」
声にならないぐらいにささやく。
よかった。俺は孤独じゃなかった。
来週からまた仕事という義務が俺を待っている。