↑ 海上自衛隊下総航空基地にて

 

■作業の進捗

 NM-75ストークの開発作業は複雑なので、文章化には工夫が必要だ。時系列に忠実であれば全体の作業の進み具合は掴みやすいが、特定のパートの流れはあちこちに点在し、分かりにくい。

 またパート毎に章を分けて記述すれば、パート単独の流れは掴みやすいが、全体の中での進捗や関連などの位置づけは、分かりにくくなる。

 各パートの最新データは、他パートでも共有され、必要に応じ数値の置き直し、再設計が行われた。

 都合三回の大幅設計やり直しを行った。二度目の設計で一度目の物を流用する、あるいは全てやり直すなど、場面場面で手間のかからない方法を採用した。一機設計するだけでも複雑怪奇だが、設計やり直しのレベルを超えての流用が多発した。

 最終設計では、理屈に齟齬が無いよう目を光らせたが、今手元の資料を読み返してみても、全体が複雑であること、さらに書類が混ざり合っていることなどで、本人ですら分析に苦労する。

 

■航空機の設計方法

授業では「航空機の設計に、決まった方法は無い」「自ら、求める機体に合った設計方法を編み出し、開発するのだ」と習った。日本のトップ設計者達が皆そういうのだから、これに間違いはない。

つまり基本的な航空理論は崩さず、これをベースに無数にある実験結果や理論を組み合わせ、理想に向けて理論構築し、わずかな疑問や漏れすらないところまで完成度を高めた上で、航空機という作品にまとめ上げるわけだ。これは設計主務者の力量であると同時に、自由裁量だというのだ。

全体がとびきり複雑だから、他の者が中途半端に口出しすると現場は混乱し、改善には程遠くなる。

 

■4月8日 木材

 木材の性質について改めて調査。参考書籍として、「山崎好雄著 滑空機理論と実際」の記録がある。

 内容は、含水率、強度試験片、木材の種類と機械的性質、強度(耐力)基準、木目が斜めに走っている場合の強度低下が始まる角度(スカーフジョイント角に相当)、工作法などのメモが残されている。

↑ 木材の性質

 

■池田木村研究室第一回ミーティング

 木村先生は定年に達したので研究室が持てないことから、池田健先生が研究室を引き継ぐことになり、池田・木村研究室と呼ばれることになった。

 しかし新年度が動き始めたにも関わらず、卒研がどうなるのか判然としない。新型機は作るのか?予算はあるのか?設計開発の相談は誰にすればよいのか?

 動きがあまりにも鈍いので、研究室のスタートを急いでほしいと私が申し入れたこともあり、急遽第一回ミーティングが用意された。

 関係者が4月9日に集まることになったが掲示も通知も無く、当時は各自への電話の通知も不完全な時代で、一体どうするのかと問い合わせたが、回答らしいことは聞けなかった。

 腹が立ったので仲間と話し合い、抗議を申し込んだところ「半数も来てくれればよい、話はその内伝わるだろうから」と池田先生の回答。

 航空機設計の分からない方が、計画も持たないまま研究を指揮すること自体に無理があり、実際私たちは一瞬一瞬が猛烈に忙しく、これ以降私は問い合わせがあればなるべく答えたが、それ以外は研究室に出向くことは少なくなった。結局池田先生との打ち合わせは、一年間を通して少ないまま過ぎ去ることになる。

 この経緯に私はよほど気分を害したとみえ、詳細な経緯が「日記」と題して残っている。

 

■機体概要と重量配分案

 ここまでの調査から、取り組み方とスペックをまとめた。その後、設計(OR)が進むにつれ、数値の精度は高くなっていく。

 

■プロペラ

 担当の二人に、プロペラの重要さを思いの限り伝えた。

 主翼、伝導、胴体、尾翼と機体の設計製作に費やす労力は大きなものがある。1グラムでも軽く0.001%(大体1グラムに相当)でも効率よく、を追求しながら1年かけて作りあげるのだ。

 これら全ての価値とプロペラ単体の価値、重みがどういう関係にあるか、について話したわけだ。

 つまり、機体の0.001%の効率(空気抵抗、伝達効率、揚抗比などの削減)は、プロペラの0.001%の効率向上と等価だ。機体の設計製作にかかる労力を考えれば、プロペラ設計は、可能な限り精密な調査によって最高効率のプロペラを完成させる必要がある。労力は惜しまず、機体全体に匹敵するエネルギーで取り組んでほしい、と伝えた。

 人が良くまじめなのはよいが、ボンヤリしていてもらっては困るのだ。

 表情を見つめ、目を見つめ、心の底から納得してもらうまで何回でも話し込んだ。

 この頃から、プロペラに関する調査、試算に関するレポートが散見され始める。

 

■4月9日 主翼日程計画

 当初の日程は、4月設計、5月リブ・桁製作、6~8月主翼組立となっているが、実際に機体が完成したのは2月29日と二倍の日数がかかっている。

 

■外皮検討

 この時点では外皮材料の候補として、

・スチレンペーパー(従来通りの材料)

・メリネックス・フィルム(ポリエステルフィルム)

が記録されている。

 

■メンバー確定

 4月9日ミーティングが開かれ、メンバー11名が確定した。

 Mr.Xは高橋淳二さんと判明。今から思うと高橋さんはこの時点から不思議を醸し出していた。

・3年間同じクラス(80名)にいたにもかかわらず、他の誰もほとんど記憶にない。

・「こんな面白い卒研があるのに参加しないなんて考えられない」と言いながら、飛行機好きの集まる航空研究会には参加していない。

・前年のヨーロッパ研修旅行に参加し、約一か月間行動を共にしているにも関わらず、記憶にない。

 メンバーの内訳は、

・石井潤治、生出富久夫、大関登、小原進、小美濃芳喜、香月康彦、金井修二、神原祥弘、高橋淳二、中禮一彦、土本忠、の11名だ。

 

■野口先生と2年ぶりの再会

 野口恒夫先生は、N-70の設計製作で活躍され、奥平光保先輩と共に同テストパイロットも担当された方で、直前の2年間は米国で航空関連の研究をされ、知識も経験も豊富で、私にとっては正に頼れる存在だった。

 2年ぶりの再会に際し「2年間気にしていたんだよ!」と声をかけてもらえ、メモには「非常にうれしかった」と記録が残っている。

 だが今読み返すと、この声掛けは何か奇妙なものを感じさせる。恐らく、この時点ですでに何かがおかしかったのだと思う。

 私からは、T2などエルロンを持たないスポイラーコントロールの機体は、ロールができるのか、と質問した。これに対し野口先生から、慣性力で回ることができるとの答えをもらったと思うが、それだけではなかろうと思った。背面時のスポイラー効果として、揚力が増すと思えたからだ。

 

■4月10日 主翼上面の吸い上げによる変形

 LINNETやEGRETは、主翼外皮にリブとストリンガーが配置されていた。LINNETでは、スチレンシートに捩じり荷重を受け持たせたため、リブとストリンガーで四角な囲みのある構造にせざるを得なかった。

 飛行中の観察から、四角な固い枠に対し、揚力の作用による吸い上げから、翼表面のスチレンペーパーに膨らみができ、気流のスムーズな流れを阻害している様子が見て取れた。

メモにはこの点の記録があり、同様の構造では層流翼は実現できないと思った。

↑ 翼上面の吸い上げによる変形

 

■主翼翼型と捩じり下げの検討

 主翼翼型は、翼根と翼端で異なるものを使った。これは、主翼の大半が失速しても外翼は失速せず、エルロンコントロールを最後まで確保することが目的だった。

 そのため、中央翼の失速はおだやかでやや早めに始まるものを使い、翼端は最大揚力係数の大きなものとし、失速開始までに余裕を持たせ、これに捩じり下げを付けることにした。

 工作上の不備もあって、捩じり下げが8度(計画6度)ついてしまったため、月刊誌の中で木村先生から「ねじり下げは過大であった」と説明されたが、翼型の性質をきちんと分析すれば、やや過大あるいは失速後のエルロン確保のためには適切であったと評価されてよいと思う。

 翼根翼型は、FX-61184、翼端翼型は、FX-63137で、図は、CL(揚力係数)~α(迎角)グラフを同一面状に表現したものだ。

 この図で、CL=0.9(巡航揚力係数)として二つのグラフを見比べると、迎角で5度の差のあることが分かる。

 これに8度の幾何学的ねじり下げを付けると、実質的なねじり下げは3度となり、CLは0.3の差となるから、翼端揚力係数は0.6となり、捩じり下げ過大と言うほど大きなものでないことが分かる。適切なねじり下げは、6.5度、翼端CL=0.75程度だ。

↑ 主翼、翼根翼型と翼端翼型

 

■オペレーションズ・リサーチ

 ORとは、目的に対し最適な航空機を作りあげるためには、どのような手法、どのような形状とすればよいか、その科学的な手法を構築することである。技術を突き詰めるための図上演習会議ともいえる。

 

■4月16日 設計開発の手法を聞く

 野口先生に具体的なORの方法を伺った。

1 まず目標とする飛行距離を置く。

2 目標の移動を行うために必要な時間と速度から、パワーを求める。

3 速度から翼面荷重が導き出されるので、翼面積と重量を考え実現可能か検討する。アスペクトレシオを考慮。

4 翼型レイノルズ数により抗力係数が増減する、距離に対する影響度を掴む。

5 これらを翼面積~重量のグラフ上に表し、good pointを見つける。

6 good pointとは、目標性能を実現するポイントで、一般に最も小型かつ低コストになるものをいう。

 ノートに残っているその時のメモから、分かりにくさはあるが、概ねの手順は理解できた様子がうかがえる。

この手法は、野口先生がボーイングに近い大学に在籍されていたことから、当時の進歩的な航空機開発の手法であったのであろう。

↑ オペレーションズ・リサーチの方法の調査

 

↑ 人力飛行機用のOR手法を思案

 

■離陸の検討

 滑走開始から離陸までの間で、力が作用する様子を列記してみる。

1 静止状態からペダルを踏み込み始める。

2 この時の抗力は、タイヤと地面との間で発生する転がり摩擦のみである。

3 パワーは、巡航飛行状態の値と同等で終始一定とする。

4 静止から動き始めの初期段階では、脚による踏み込み力からくるトルクによって上限が制限される。

5 前進させるための推力は、最初は100%タイヤから発生する。

6 余剰推力(=前進させる推力―タイヤ摩擦力)は全て機体の加速に使われる。

7 速度が増すにつれ、機体に揚力が発生する。

8 タイヤ摩擦抗力は、自重から揚力を指し引いた、タイヤに作用する荷重に転がり摩擦係数を掛けたものになる。

9 揚力発生に伴い、抗力(空気抵抗)が発生する。

10 パワーは、タイヤ駆動とプロペラ回転に分けられ、伝えられる。

11 プロペラは、回転数の3乗に比例してパワーを吸収し、2乗に比例して推力を生む。

12 タイヤに伝わるパワーは、脚パワーからプロペラが吸収するパワーを差し引いたものになる。

13 加速の早い段階で、機体は尾部を上げ、離陸滑走姿勢を取る。抗力係数と同時に揚力係数も減じる。

14 速度が上がるにつれ、ペダル回転数、タイヤ回転数、プロペラ回転数ともに上がってくる。

15 プロペラの吸収パワーは、回転数(機体速度)の3条に比例するので、急速に増加する。

16 一定の時間の後、離陸速度に到達する。

17 この時点で、全パワーがプロペラに配分される。

18 迎角を飛行姿勢とすれば、全重量は翼で支えられ、飛行が開始される。

↑ 離陸時の摩擦抗力と推力の検討

 

↑ 離陸時間の計算方法

 

↑ 各速度における推力

 

↑ プロペラ推力・摩擦抗力・空気抗力・余剰推力の関係図

 

↑ 離陸時間の再検討

 

↑ 離陸性能の検討から、空力的に決定される重量に気づく段階のメモ

 

■実際の離陸

 実際は風があるから、プロペラ推力や吸収パワーが、また主翼の揚力や抗力も影響を受ける。

 実際の離陸はさらに増速した後行われ、直後に一定の高度を確保する。

 向かい風追い風などが無い場合は、滑走中のプロペラは気流に対し巡航飛行中と相似形の動きをするから、プロペラ効率は終始最高の値を使うことになる。

しかし実際には向かい風追い風があるから、タイヤと地面の関係と、空気とプロペラの関係は、相似形からずれる。

 これから先、離陸性能計算では「実際の離陸」で触れた内容は考慮せず進めることになる。