なぜこのゲームをやったのか、
言うまでもなくポッドキャスト『僕は怖くない』の影響だ。
結果から言うと、正直それほど怖くもなければおもしろくもなかった。
楽しい日常が一転して悲劇のどん底へというパターンは珍しいものではない。
それに、レナはかなりの萌えキャラだが、
彼女の心の闇についてはもうちょっと詳しく描く必要があったのではないだろうか。
何かがきっかけで彼女はそうなってしまったのか、
それとも先天性のサイコパスなのか?
逆にとてもうまく描けているなと思ったのは主人公の心理描写である。
完全に悪魔に魅入られた状況にいるにもかかわらず、
主人公はこれが全て自分の思い過ごしであることを願う。
自分が気づかなければそもそもこういう状況に陥ることはなかったのだと。
その何かに気づく前の美少女達に囲まれた日常があまりに楽しかったので、
彼はその日々を取り戻そうとして目の前の現実を無視し続けようとするのである。
そういう状況ってよくある気がする。
人は皆基本的には幻想の中に住んでいるものであり、
周りで起こる様々な出来事を全て自分の都合の良いように解釈するものだ。
かわいい女の子と目が合えば、あの子は自分に気があるんじゃないかと思うし、
車を運転していて前の車のナンバーが777とかだと、
その日いいことがあるんじゃないかと思ってしまう。
でも実際にはそんなに都合のいい偶然なんてそう起こるものではない。
特にこのゲームの主人公みたいに、都会から田舎に引っ越した途端に、
かわいい女の子4人に囲まれた楽しい毎日なんてあり得るわけがない。
このゲームをして、おれもこんな青春を過ごしたいなあと思っている諸君。
こんな世界は全て幻想なのだ。ありえないのだ。
想像力をたくましくして現実バージョンを考えてみよう。
ある日突然画家である父親の都合で都会から田舎に引っ越したとする。
まず引っ越したその日から部屋にムカデとカメムシが出る。
カメムシといっても緑色の小さな奴じゃない。
茶色のでっかい奴だ。いかつい奴。かまれるといつまでもあとが残る奴。
夜寝るときはムカデとカメムシが恐ろしくてなかなか熟睡できない。
初めて学校に行く。
田舎にはたいてい地元では英雄気取りのガキ大将みたいなのがいる。
山や川で遊んでいるので、都会っ子とは違い、腕力は強くけんかには負けない。
万が一けんかに負けても、親父が地元の建築会社の社長か何かをしており、
親ぐるみで敵に回してもたちが悪い。
女の子もクオリティーは低い。
だいたいおしゃれな服屋なんてないので服装はダサい。
基本ジャージにヘルメットをかぶっているので誰が誰やら分らない。
とはいっても一人か二人はかわいい子がいる。
でもすでにその子は例のガキ大将がつばをつけている。
あるいは地元のちょい年上のヤンキーがつばをつけている。
このゲームみたいに4人の美少女に囲まれた楽しい生活なんてありえないのだ。
現実には、ガキ大将からはいじめられ、かわいい女の子には縁がなく
(かわいくないタヌキみたいな小太りの女子からはモテるかもしれないが)、
どんどん部屋に引きこもりがちになり、
そのうち『ひくらしのなく頃に』のようなゲームにハマっていってしまうのだ。
ありえない世界を現実と誤って認識することの恐ろしさ。
それがこのゲームから読み取れるメッセージだ。
主人公はその誤った認識に翻弄され、最後には悲劇を迎える。
彼の悲劇を繰り返さないように、
男性諸君、もしかわいい女の子が近づいてきたら、
「これって罠かも」って疑ってみよう。
実際、罠って可能性もそう低くはないのだ。
命は取られないまでも、心を完全に奪われ、
虚しさとともに一人取り残されるってのはよくあることなのだ。