健康管理をしていると沢山の汚染状態や汚染物質そして健康を害する情報等も沢山出てきて余りにも複雑な気持ちになっていしまい深刻になってしまいますが、とても気にしていたら日常生活が送れそうにありませんので好い加減諦めています。

 例えば飲料水一つとっても今ダイオキシン問題もあったり化学製品の薬剤や消毒液そして化学調味料から食品添加物やら情報が溢れてとても治まりが付かない程情報量が溢れてしまっていますから…安心して日常生活を送る事は難しくなっています。

 そして各分野からあらゆる情報を加味しても手に負えない世の中になってしまっていて選択肢によってはもしかしたら全てが有害物質にもなってしまい、食物、環境全てきめ細やかに気にする事にでもなれば良きる事すら難しくなってしまうような情報が氾濫しています。

 その中でも各個人によっての選択肢を選ばないと生きて行く事すら困難な世の中になってしまいました。

        

 勝手に物を燃やしてしまうと今や犯罪となり、規模に応じては1000万円以下の罰金とか…穏やかではなくなって来ています。

 法律で規制しても必ず勝手に出来た法律なので時には法律はヒトの作ったっ勝手な決まり事なのでこれはヒトによっては破るためにある物が決まりなので破る事も一つの選択肢だと言う見方もある位、何が正当なモノなのかも訳がわからず、法の解釈一つとっても人さまざまな見方があり、規制すればするほどに自分の生活までも規制され不自由なモノとなるのです。

 焼き畑農業とまでは行かないまでも環境を一気に変えてしまう様な物ではない限り優雅に季節の風物詩的見解を保ちながらの「野火焼」「芝焼」も今や近隣を管理できる人も減少してしまって荒れ地や放置された雑草地も沢山増えていまい取り扱い方も一般生活環境が変化しつつ放置する訳にも行かず止む無く「野火焼・芝焼」が火気環境を監視しながら実施されているのが現状です。

 病害虫の予防対策の一環であった筈の「野火焼・芝焼」も解釈一つで積にもなってしまう世の中…人が増えると勝手に物事が進行してしまいどうすべきが正解なのか分からなくなってしまいました。

        

 ダイオキシン問題が表面化するや最悪の罪悪感を持たないとやって行けなくなった第一次産業も明けて知るべし食品等の自給率低下一つとっても良く解る様に国民の為の日常生活を苦しめるための第一次産業であっては全く発展もなくなるのは至極当然の結果ですよね。

 市街化調整区域規制や減反政策もしかり輸入規制もことさら必要事項かも知れないが事と次第によっては自らの首を自らが締め上げている当然の結果が今の行政の政策にも繋がってしまっているのではないだろうか?

 地下水自給自足の水文化も社会の人口が闇雲に増える一方ではダイオキシン問題もことさら大きな社会問題にもなっています。

 地下水にダイオキシンが浸透して飲料水の自然水が汚染され、更にまた化学肥料や害虫防除の化学薬品薬剤が人命にも命取りとなる騒ぎ、地球上は化学調味料や化学甘味料の開発により便利さを優先すれば人命に危険が及びことさら経済最優先政策がヒトの日常生活の足元がとても危険が及び水質汚染を騒ぐ以前は飲料水が売買される世の中になるとは思ってもいなかったのです。

 今や人体の健康生活に危険を及ぼすご時世となってしまい、飲む水そのものから発がん性物質の硝酸態窒素が重要視されてしまい、今や規制された水道水すら飲めないと言う実態を果たして政府はどの様に受け止めているのか疑問な世の中になってしまいました。