池袋暴走事件で、高齢の被告人が、

車が自分の意思に反して何らかの原因で暴走したとの主張をしました。

 

「車のせいにするな!」と、

ネットやコメンテーターのコメントは、

一様に、被告人に批判的ですね。

 

本件は、重大事故にもかかわらず、被告人が身体拘束されなかったことから、

「上級国民」などという言葉が聞かれるように、

世間のヘイトが溜まっている状態ですよね。

 

また、被害者のご遺族の一人が、

事故に対する啓発を目的に記者会見をされたこともあり、

私も、過去にこのブログでも触れさせていただきました。

 

このようなネット上の批判とは別に、

被告人が自己の正当性を裁判で主張するのは、

基本的な権利なので、

被告人を批判するコメントに警鐘を鳴らすコメントもあります。

 

弁護士の視点からすれば、

警察は、当然、車両の機能の検査はしているでしょうから、

この主張が通る可能性は極めて低いように思えます。

 

一般論で聞いてほしいのですが、

弁護士にとって、被告人が到底通りそうもない主張をするという場合、

主張をやめておくように説得してよいのか

という議論があり得ます。

 

なぜ議論になるかというと、

上述の通り、被告人には、自らの正当性を主張する権利があります。

中世では、自らの正当な主張をしたくても、官吏に逆らえず、

不当な有罪判決を受けた事例がたくさんあります。

その人類の反省と英知が詰め込まれた結果が現代の司法制度です。

 

とはいえ、私は、割と説得をする方だと思います。

やはり、およそ通らない主張をしても、

結局、被告人のためにならないのが目に見えているからです。

 

話は変わりますが、最近は、

人間よりもAIの方が信頼される傾向があります。

 

私が趣味で指している将棋などは、その最たるもので、

AIに正解手を教えてもらう時代になっています。

 

現代では、機械の性能よりも、

それを使う人間の能力の方に疑いが向く時代です。

 

高齢でとっさの判断ができなかったり、

動揺で正常な運転ができなかったり、

薬の影響で意識がもうろうとしたり、

他のことに気を取られたり。

 

車の運転で怖いのは、

運転が、あまりにも日常行為であるという点です。

ほんの少しの注意で、

奪われなくて済んだ命がたくさんあることを忘れてはなりません。

 

車の運転に自信がなくなったので、免許を返納しましたよ、

と高齢の知り合いの方に聞かされたことがあります。

私から見たら、まだまだ大丈夫な方でしたが、

その慎重な姿勢が、

おそらく正解なのでしょう。

 

他方、今後、ますます自動運転化が進むと言われています。

そうなれば、事故は格段に減るでしょう。

今回の池袋の事故も、

自動ブレーキなど、最近の車には普通についている安全性能さえついている車であれば、

きっと防げた事故でしょう。

 

AIに運転を任せるのは、

まだ、少々怖い感覚はありますが、

そのような感覚が変わるのも時間の問題かもしれませんね。