東京地裁の裁判官が女性に殴られる。

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東京地裁の裁判官が、

トイレの中で女性に殴られたというニュースがありました。

 

訴訟の当事者が、

裁判官に納得できない判断をされた場合、

うらみに思う気持ちはわかります。

 

裁判官も「人」ですから、

判断を間違えることもあるとは思いますが、

正当な判断をしても、

うらまれることも多いと思います。

 

弁護士である私も「人」ですから、

私自身、納得いかない判断の場合は、

感情的になる場合もあります。

 

しかし、その納得いかない気持ちは、

書面の中で表現します。

暴力は論外ですね。

 

ところで、岡口裁判官の分限裁判についてご存知でしょうか。

岡口裁判官は、Twitter上で、

犬の遺棄を巡る判決について報じた記事のURLとともに、

「え?あなた?この犬を捨てたんでしょ 3ヶ月も放置しておきながら・・」

と書き込んだことで、

裁判官の懲戒処分を決める分限裁判にかけられています。

この岡口裁判官の投稿を見て、

犬を遺棄したとされる人物が裁判所に抗議したという経緯があるようです。

 

事案の内容は、判決やその判決を扱う記事だけからでは、

その奥深いところは、何も分かりません。

ですから、犬を遺棄したとされる人物のことを軽率に批判した、

といえるかもしれません。

 

私にも、

「え!?裁判官がそんなこというの?」

という素朴な感覚はありますが、

むしろ、実名で、しかも、Twitterという手段で、

このような意見を言う裁判官がいてくれてもいいと思います。

いわゆる「表現の自由」の範疇ではないでしょうか。

 

さて、さらに話は変わりますが、

星野君の二塁打という話をご存知でしょうか。

星野君は、監督のバントのサインを無視して、

ヒッティングをして、

結果的に二塁打を打ち、

チームの勝利に貢献します。

しかし、翌日、

監督からチームの約束に背いたということで、

次戦以降の出場停止を言い渡されます。

このお話は、道徳の教科書にも採用されているそうです。

監督が星野君に下した処分が正しかったのか、

難しいところですよね。

 

その昔、諸葛亮孔明は、

自身の指示を無視して敗戦した馬謖に死罪を言い渡しました。

孔明は、馬謖を自身の後継者にと思うほど溺愛していたといわれています。

「泣いて馬謖を切る」という言葉が生まれました。

この話をはじめて聞いたとき、そこまでしなくてもいいのに、

と思ってしまったものです。

 

とりとめもない話ばかりを書きましたが、

結局、いずれの話も、

判断をすることの難しさを示唆する事例です。

判断する立場も苦しければ、

判断される立場も苦しいですね。