落日の宴(下) | 芸術浪漫

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落日の宴 勘定奉行川路聖謨』(吉村昭著 講談社文庫)の下巻を読了しました。

 

 

軽輩の身から立身出世を果たし、幕末期に外国との交渉の最前線に立った川路聖謨の一生を追う作品です。

 

ロシアから来日し、開国を迫る使節・プチャーチンとの緊張感にあふれた交渉からスタートした下巻。日露和親条約の締結という、大役を見事に果たし切りました。

 

しかし、下巻の中盤以降は華々しい活躍とは縁遠くなっていきます。井伊直弼の大老就任後は左遷され、その後は目立った活躍ができず、表舞台からの引退を余儀なくされます。

 

しかも中風を患い、半身不随の憂き目に遭い、独力で厠に行くことも、食事を摂ることもできぬ有様。口が上手く閉じられないのか常によだれをたらした状態となってしまいます。

 

さらに、徳川慶喜による大政奉還や倒幕に動く薩長の江戸への進撃など、幕府はどんどんと崩壊へと追い込まれていきます。そうした状況を耳にしながらも、思うように体が動かせず何もできない日々。さらに、過酷な状況下で奉行として懸命に働いた弟・井上清直の死…。そうした絶望的な川路の心情をも、本書では冷徹な筆致で描き出していきます。

 

そして江戸城への攻撃が今にも行われようという中で、川路は自決を遂げます。切腹を試みるも半身不随のため上手くいかず、護身用のピストルでのどを打ち抜くという壮絶な最期でした。幕府に殉じた、まさしく最後の武士だったといえるでしょう。

 

自らに厳しく、常に鍛錬を怠らない一方で、諧謔だけは忘れなかったという人間の幅の広さ。また、跡取りを残すために妻から側女を置くように言われると抵抗するという潔癖な人柄。官吏としてはこれ以上ない、ふさわしい人間だったことが分かります。

 

もし50年早く生まれてきたら、有能な幕臣として禄をいただき、幸せな一生を送ったかもしれません。もしくは50年後に生まれてきていたら、明治新政府の高官として日本の近代化に貢献したかも…。いろいろな想いが巡りますが、しかし、彼がいなければプチャーチンと互角に渡り合うことができず、日本の運命も狂った可能性があります。

 

ともあれ、川路という味わいのある大人物の一生を見事に描き切った吉村昭の筆力の高さには恐れ入るばかりです。快作と行っていいかもしれません。

 


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