※この物語は、生まれながらに不安障害を持った男が、2018年頃から現在に至るまでに辿った『実話』である。

 

 

 なおプライバシーの関係上、全ての人物は偽名とする。

 

〈前回のお話〉





《第73話  嫌いになった理由》

 

 

「あ、そうだ佐藤さん」

 

 鞘師さんが言った。

 

「次から和泉さんにもカードキーを持ってもらうことって出来ますか?」

 

「おー、良いんじゃない? 一応、沢井さんにも確認――」

 

 と、ここで沢井さんが奥の部屋から出てきた。

 

 白シャツに黒ズボン姿から、ベージュを基調とした私服に着替えていた。

 

 奥の部屋で着替えていたのだろう。

 

「丁度良かった」と佐藤さん。「沢井さん、もう和泉さんカードキー持っても良いですよね」

 

「ああ、良いんじゃない? 日本人なら大丈夫でしょう」

 

 沢井さんは軽く言った。

 

「じゃあお疲れ様」

 

 沢井さんはいそいそと事務所を出て行った。

 

「日本人なら大丈夫、か……」

 

 俺はつい、口にしていた。

 

 どういうことなんだろう……。

 

「ネパールの人が頻繁にカードキーを返却せずに帰っちゃうんですよ」

 

 鞘師さんは言った。

 

「えっ? 返却せずにって、そのまま家に持って帰るってことですか?」

 

「はい。だから沢井さんはネパールの人……というか、外国の人をあまり好きじゃないんですよ。なので日本人びいきするようなこと言うかもですが、悪気は無いので気にしないで下さいね」

 

 へえー、と俺は声を出した。

 

「ああ、もう3時ですね。和泉さん、今日はこれであがって下さい」

 

「え、アメニティーの補充は大丈夫ですか?」

 

 鞘師さんはニッコリ笑って、

 

「大丈夫ですよ、今日は僕がやっておきます。それに、3時過ぎたらこの事務所にウチの会社のネパール人や、F社の客室清掃の人たちもタイムカードを通しに来て混むんです」

 

「あー、その人たちは3時終わりってことですか?」

 

「はい。なので早くした方が良いですよ。めちゃくちゃ混むので」

 

「わ、分かりました」

 

 急かされて、俺は速やかにタイムカードを通した。

 

「じゃあ、お疲れ様です。お先に失礼します」

 

 俺が一礼すると、鞘師さんと佐藤さんと岸本さんが「お疲れ様でした」と声を揃えた。

 

 

                  【第74話に続く】