進化した古楽Vol.2楽器は重要か 文:寺西 肇 | いずみホールのブログ

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この秋スタートの「古楽最前線!躍動するバロック」を、よりお楽しみいただくために、音楽情報誌『Jupiter』の連載をご紹介いたします。

音楽ジャーナリスト 寺西 肇さんの読み応えたっぷりの「進化した古楽」、第2回目です。

 

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  Vol.2 楽器は重要か

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封印されていたもの

 「どんな楽器かではなく、どう表現するかが最も重要だ」。
戦後の古楽ムーヴメント興隆の一翼を担った先駆者のひとりで、手兵ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス(CMW)を率いて数々の鮮烈な演奏を重ね、一昨年3月にこの世を去ったオーストリア出身の指揮者、ニコラウス・アーノンクール。13年前に京都賞の受賞で来日した折り、「近年のCMWの楽器の時代考証が、いい加減すぎるのでは」と少し意地の悪い質問をしたら、彼はニンマリと笑って、こう答えました。

「過去の音楽を、作曲当時の仕様の楽器を使い、時代に特有の様式を踏まえて上演する」をコンセプトとするムーヴメントの中で、その「道具」としてのオリジナル楽器(古楽器、ピリオド楽器)が果たした役割は、非常に大きなものでした。それまでは、時代の要求に応じて姿を変え、その”最終形態”としての現代の楽器からすれば、「古い楽器から学ぶことは何もない」と考えられていました。しかし、現代の楽器とは全く異なる音色、”封印”されていた繊細な表現…実際に演奏してみて分かる、様々な発見があったのです。
 

異形との格闘

 そもそも、初めて目にする者にとって、オリジナル楽器は“異形”との言葉がぴったりだったでしょう。弁を持たない金管楽器や、今日のように金属ではなく木製のフルートをはじめ、キーの数が極端に少ない木管楽器。そして、楽器自体の見かけの差はそう大きくないものの、明らかに違った形状の弓を操る弦楽器。チェンバロなどの鍵盤楽器は、現代のピアノに比して明らかに華奢で、ティンパニはまるで大きなやかんのよう。確かに、ヴィジュアルが与えるインパクトも、相当のものでした。
しかし、現代の楽器に比べ、その演奏は格段に難しいのです。トランペットは特定の調性しか吹けず、ホルンは、この点を替え管(クルーク)でクリア。さらに、ベルに差し込む右手の形状を変えることで音階を出す「ストップ奏法」が編み出されたものの、名人芸的な技巧が必須に。木管楽器は当然ながら、フィンガリング(指遣い)が煩雑。鍵盤楽器は細かなダイナミクス変化には対応しにくく、温度や湿度の変化に敏感な裸のガット弦(ピュア・ガット)を使う弦楽器は、力ずくの演奏には、容赦なく酷い音で応えます。

無弁のナチュラルホルン

(左)18世紀のフルート (中)モダン ヴァイオリン (右)バロックのヴァイオリン

 

 

何が聞こえてきたか

 このように“扱いにくい楽器”が教えてくれたのは、便利な道具によって覆い隠されてしまっていた、音楽の本質に迫る“襞”(ひだ)のような側面でした。そのうちの一つが、強拍(表拍)と弱拍(裏拍)を明確に区別する拍節感覚や、彫りの深いフレージングやアーティキュレーションなど、音楽が均質化してゆく過程と共に失われた、多彩なニュアンス。不均衡だからこそ生まれる饒舌さは、本来、バロックの音楽演奏にとって重要な、コントラストの強調に不可欠な要素でした。


 オリジナル楽器だから可能な表現は、これに留まりません。例えば、アーノンクールが2006年秋にCMWを率いて再来日した際、いずみホールで行ったヘンデル《メサイア》のリハーサル。それは6時間にも及びましたが、その中で彼が「もっと汚い音で」と要求する場面が幾度もありました。実際に、後半生のアーノンクールが重視したものの一つが、金管のアタックの破裂音や木管のキーがカチャカチャ鳴る音、弓毛がガット弦を擦る音といった、本来ならば音楽にとって澱(おり)のような存在。これらを貪欲に採り込んで、まるで魔法のように、滋味へと昇華して見せたのです。

いずみホールでのアーノンクールのリハーサル。翌日に行われる京都コンサートホールの〈メサイア〉のためのリハーサルだった。

 

 

情報を活用する

 古楽ムーヴメントが浸透し、オリジナル楽器での演奏も珍しくなくなった現在。ベルリン・バロック・ゾリステンやコンツティメント・コンソート・アムステルダムなど、モダン楽器を用いつつも、古楽の語法を前面に出したバロック演奏を行う団体も登場しています。その一方、ベルリン・フィルがいち早く、古楽的な語法を踏まえた演奏に取り組んだり、古典派以前のレパートリーでオリジナル楽器の金管やティンパニを使ったりと、世界中の一線オーケストラが、古楽の成果を反映する動きを見せています。
 そんな中、オリジナル楽器とモダン楽器の世界を自在に往き来するアーティストも増えました。ドイツの人気ヴァイオリニスト、イザベル・ファウストも、その1人です。今年1月、いずみホールでのバッハの無伴奏作品全曲演奏に臨んだ際、彼女は現代の仕様となっているストラディヴァリウスに、バロック仕様の弓を使用。「現代の楽器でも、自然なアプローチは絶対に可能です。響きの違いは、むしろ弓の特性に起因するので、バロックを使えば、豊かな色彩感が生まれるのです」と説明していました。
その一方、同じバッハの作品でも、クリスティアン・ベザイデンホウトと共演の最新盤《ヴァイオリンとオブリガート・チェンバロのためのソナタ》全6曲は、バロック仕様の楽器とバロックの弓で録音。「チェンバロと共演の際は、バロック仕様の楽器とピュア・ガットが必須。ストラディヴァリウスにピュア・ガットを張っただけでは、サウンド的に輝かし過ぎて、溶け合わせるのが難しいのです」。作品によって、細かく対応を変えていると教えてくれました。

イザベル・ファウスト J.S.バッハ/無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ(2018.1.23)
写真:樋川智昭

 

タイムマシン

「モダン楽器でも、技術的な対応だけで、歴史的な語法を踏まえた演奏は可能です」。こう私に断言したのは、イギリスの指揮者ロジャー・ノリントン。1980年代にオリジナル楽器による「ロンドン・クラシカル・プレーヤーズ」を率い、パーセルからスメタナまで、時代ごとの楽器と語法を踏まえ、驚異的なスピードで時代を下った彼は今、モダン楽器での演奏に主軸を置きます。「例えば、弦楽器奏者がヴィブラートを止めると、潜在的な可能性を引き出せる。一流の奏者ならば、瞬時に私の意図を汲み取ってくれますよ」。
 彼の言葉の通り、「ルーティン・ワーク的に習慣化していた旧来のクラシック演奏の在り方を一から洗い直し、リセットするために必要なムーヴメント」という思想としての側面がクローズアップされるのに伴い、もはや古楽にとって、オリジナル楽器という道具は、必須の存在ではなくなったのかも。しかし、先述の通り、様々なノウハウが蓄積されるには、オリジナル楽器による演奏は「避けては通れぬ道」だったのは、間違いありません。そう。「思想として確立するための時間旅行を、可能にするタイムマシン」。これこそが、オリジナル楽器だったのです。

 

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寺西 肇 Hajime Teranishi

神戸市出身。音楽ジャーナリストとして、「音楽の友」「レコード藝術」ほか各誌に執筆。2005年5月、バッハアルヒーフ・ライプツィヒで「バッハと偽作」をテーマにパフォーマンスを行うなど、バロックヴァイオリン奏者としてのステージ経験もある。著書に「古楽再入門」、訳書にヤープ・シュレーダー著「バッハ 無伴奏ヴァイオリン作品を弾く~バロック奏法の視点から」(いずれも春秋社)など。

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