進化した古楽Vol.1「行為」から「思想」へ 文:寺西 肇 | いずみホールのブログ

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この秋からスタートする「古楽最前線!躍動するバロック」をよりお楽しみいただくために、音楽情報誌『Jupiter』の連載をご紹介いたします。

音楽ジャーナリスト 寺西 肇さんの読み応えたっぷりの「進化した古楽」、第一回目です。

 

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  Vol.1「行為」から「思想」へ

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クラシック音楽の世界で、すっかり定着した古楽ムーヴメント。これほどの盛り上がりを見せた理由は、単なる“方法”に留まらず、旧来の演奏行為そのものを見直す“思想”だったことが挙げられましょう。思想としての演奏革命の過去と未来を俯瞰してゆきます。

 

 

≪マタイ受難曲≫蘇演から始まった

 「深い静寂と荘重な信仰心が全ての聴衆に広がり、時に彼らが思わず漏らす、感動の溜息すら聞き取れたのです」。1829年3月11日、ファニー・メンデルスゾーンは、当時20歳になったばかりの弟フェリックスがベルリンで指揮した、バッハ《マタイ受難曲》の舞台の様子を、こう書き残しています。

 

実はこの時点まで、人類の至宝とも言える大作は、約100年間にわたり、日の目を見ませんでした。作曲家自身が1727年にライプツィヒで初演し、何度か自身の指揮で再演した後、二男カール・フィリップ・エマヌエルらの手によって何度か再演はされましたが、世はロマン派の時代へ。同時代の作品の演奏が主流となり、過去の音楽の多くは歴史の彼方へ封印されたままだったのです。

 

 しかし、今や、1829年のメンデルスゾーンによる《マタイ受難曲》の蘇演は、音楽史上のみならず、現在の古楽ムーヴメント興隆において、重要な転換点に。そもそも過去の音楽作品に目を向けることなしに、「過去の音楽を、作曲当時の仕様の楽器を使い、時代に特有の様式を踏まえつつ演奏する」という今日の古楽ムーヴメントのコンセプトが生まれようが無かったからです。

 

 反面、青年作曲家が目指したのは、作曲家が演奏した通りに《マタイ受難曲》を再現することではなく、同時代の聴衆の嗜好に合わせた形で作品を上演することでした。このため、もはや彼の時代には存在しなかったオーボエ・ダモーレなどの代わりにクラリネットを使用。さらに、自ら弾き振りで担当する通奏低音の鍵盤楽器は、チェンバロからピアノへとオーケストレーションを変更。さらに、全体で約3分の1にあたるアリアをカット。第2部を中心に、レチタティーヴォも大幅に省略しました。

 

 「可能な限り作曲家の意図に近づく」という、思想の面での真に古楽的な取り組みを具体的かつ最初期に行った人物のうちの1人は、あのブラームスです。10代前半から大バッハら先人の音楽に親しみ、作曲家として名を成してからも、彼らの楽譜を蒐集し、ピアニストや指揮者として実際に上演。しかも、メンデルスゾーンや盟友シューマンらとは違い、可能な限り、オリジナルのままでの上演にこだわりました。さらに、作品の構造をつぶさに研究し、その結果を自作へと反映。ロマン派の波の中で失われた、バロックや古典派の美的感覚への回帰を、彼は明らかに意図していました。

 

 

先入観を取り除こう!

 そして、現代における古楽ムーヴメント興隆への道筋をつけた最重要人物の1人が、フランス西部ル・マン出身のアーノルド・ドルメッチ(1858~1940)でしょう。彼は失われた古い楽器の発掘と、その複製の制作に力を注ぐ一方、作曲家の自筆譜や初版譜などの源泉資料に目を向け、自ら演奏して形に。古い作品の魅力の啓蒙にも力を入れました。

 

 特に、1916年に出版した「17・18世紀音楽の解釈 The Interpretation of The Music of The ⅩⅦ&ⅩⅧ Centuries」は、「作曲された当時の仕様の楽器を用い、資料などを基礎として、歴史的に正しいと考えられる演奏をする」という古楽の心構えを、初めて明文化したものと言えましょう。

 

 同書の序文の中で、ドルメッチは述べています。「この研究を始めるにあたり、偏見や先入観を私たちの心から取り除き、寛容さに欠けた現代性から距離を置くことを望みます。そうしなければ、これまでに幾多の人が陥ったように、どれほど明確な言葉を前にしても、改悪と歪曲に走ってしまう。ゴシック建築を野蛮だと断じた18世紀の鑑定家や、ラファエル前派の作品から、何の美も見出せなかった19世紀の美術評論家たちを、私たちは良き戒めとしてゆかねば」。

 

 この“宣言”によって、古楽への取り組みは、単なる“行為”にとどまらず、あくまで演奏に臨む上での姿勢であり、ひとつの“思想”となりました。「今、この楽器でこう弾いている曲だから、いつものように」ではなく、「この作品が作曲され、初めて演奏された時には、どんな楽器を使ったのか」を検討し直す。あるいは、市販の印刷譜ではなく、作曲家の自筆譜や作曲当時の史料に立ち返って、「どう演奏すべきか」を精査してみる。

 

 つまり、古楽とは「半ばルーティン・ワーク的に習慣化していた旧来のクラシック音楽演奏の在り方を一から洗い直し、リセットするために必要なムーヴメント」だった、と言い切ってもいいでしょう。これまでと違った楽器を使い、さらなる資料を下敷きとして、まったく新しい視点から作品を、さらには、演奏と言う行為自体を一から見直す。ここへリフレッシュされた演奏家の感覚が加わり、生き生きと魅力的な音楽が再構築されてゆく、古楽が今、当たり前のものとして定着した理由は、ここにあります。

いずみホール来演でのアーノンクール(2006.11.19  撮影:樋川智昭)

 

今や「HIP」だ!

 一連の取り組みが実を結んだのは、第2次世界大戦後でした。ニコラウス・アーノンクール、フランス・ブリュッヘン、グスタフ・レオンハルト、クイケン3兄弟(ヴィーラント、シギスヴァルト、バルトルド)たち先駆者、そして彼らへ続く幾多の奏者による鮮烈で魅力的な演奏が、古楽に新たなタームをもたらしました。それどころか、脈々と続けられてきた“既存のクラシック音楽”の演奏自体にも、大きな影響を与えています。

 

 楽譜は? 楽器は? 奏法は? 標準ピッチは? すべての事柄において、多くの演奏家が「当たり前」と捉えられていた事柄に、改めて向き合うようになりました。しかし、これほどムーヴメントを定着したと思える現在にあっても、「古楽」と言う言葉は、曖昧に扱われています。それは、「思想」と「レパートリー」の2つの意味合いが交錯しているからのようです。その混乱ぶりは、CDショップの棚やオンラインショップの検索でも伺えます。

 

 例えばオンラインショップで「古楽」で検索してみると、初期バロックやそれ以前の作品のタイトルが表示されます。半面、ピリオド奏法によるロマン派の演奏などは引っ掛かりません。つまり、「作曲当時の仕様の楽器を使い、時代に特有の様式を踏まえつつ演奏する」という思想としての「古楽」の意味合いは、包含されていないのです。

 

 これは日本だけでなく、英語圏において「Early Music」という言葉が孕む誤解は存在しています。最近は、このような混同を避けるため、思想やコンセプトとしての「古楽」への取り組みを「HIP (Histrical Informed Performance)」などと言い換える動きも出ています。「古楽」が対象とする時代も拡大し、冒頭で触れた1829年のメンデルスゾーン上演版による《マタイ受難曲》など、ロマン派はおろか、近現代における特定の時代の楽器編成や演奏様式を再現する試みも珍しいことではありません。

 

 決して終着点の無い、しかし、好奇心をそそる知的な大冒険。それこそが、古楽ムーヴメントなのです。

 

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寺西 肇 Hajime Teranishi

神戸市出身。音楽ジャーナリストとして、「音楽の友」「レコード藝術」ほか各誌に執筆。2005年5月、バッハアルヒーフ・ライプツィヒで「バッハと偽作」をテーマにパフォーマンスを行うなど、バロックヴァイオリン奏者としてのステージ経験もある。著書に「古楽再入門」、訳書にヤープ・シュレーダー著「バッハ 無伴奏ヴァイオリン作品を弾く~バロック奏法の視点から」(いずれも春秋社)など。

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