いずみホールのブログ

スタッフのリレー執筆で、ホールでの出来事や、主催公演の詳細&裏話などをお届けします。


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いずみホール音楽情報誌「Jupiter」165号掲載

音色が溶け合うことは、あらゆる合奏における至福の一つ

~オリジナル楽器で聴く、ブラームス

                                  文 鈴木 秀美

 

「オリジナル楽器」はバロック時代の楽器を指すのでは、そう漠然と捉えている方もいるのではないでしょうか?本来は演奏する作品が作られた当時の楽器を指し、時代が変われば楽器も変わり、演奏法も異なります。11月の演奏会は19世紀ロマン派の巨匠、ブラームスの音楽を当時の楽器を用いて再現する試み。現代の楽器とはどう違うのか?その音楽を聴く魅力、楽しみとは?チェロ奏者、鈴木秀美氏による寄稿をお届けします。
19世紀における「普通の」弦楽器とは
 いつの頃からか、私は「チェリスト」ではなく「バロック・チェロ」奏者と呼ばれるようになった。古典派の音楽を弾くようになってからは「クラシカル・チェロ」奏者と呼ばれることもある。さて、今秋の公演で私や佐藤俊介氏の弾く楽器を皆さんは何と呼ぶだろうか? ロマンチック・ヴァイオリン? 確かに彼はそうかもしれないが…。
 今回の公演で私達が用いるのは19世紀的に「普通の」ヴァイオリンとチェロ、そして弓である。佐藤氏が、19世紀初頭に使われ始めた顎当てを今回用いるかどうか私は知らない。二人とも、およそ1940~50年代以前の全てがそうであったように※ガット弦を用い、私はエンドピンを使わない。その方が音は柔らかく響くし、19世紀末期になるまでそれを使う人は殆どいなかったからである。R.ハウスマンやA.ピアッティ、H.ベッカー等、ブラームスの周囲にいたチェリスト達は皆使っていなかった。重ねて言うが、エンドピンがなければ「バロック・チェロ」なのではない。評論家諸氏・メディア関係者には特にご注意をお願いしたい。

※現代のスチール製やナイロン製の弦とは違う、羊の腸で作られた弦。

 

シュトライヒャー家のピアノ
 さて、11月の公演に用いるピアノは1871年ウィーン製、現在は日本にあるが以前はブラームス博物館が所蔵していたもので、まさにブラームスのピアノと言えるものの一つである。製作者のヨハン・バプティスト・シュトライヒャー、その母ナネッテ・シュトライヒャー、そしてナネッテの父ヨハン・アンドレアス・シュタインは、18世紀末~19世紀末ウィーンの重要なピアノ・メーカーの一族であった。いずみホールはナネッテが1820年代に製作した素晴らしい楽器を所有している。シュタインが作った楽器はモーツァルトを大いに喜ばせたことでも知られている。18世紀末~19世紀のピアノは製作者の夢と創意工夫に溢れ、一台ずつに様々な違いがあって実に個性豊かである。因みに、イタリア人は今も現代のピアノを「ピアノフォルテ」と呼ぶ。元々は、「フォルテもピアノも出る楽器」という意味から来た名前なのだが、今は何故かフォルテピアノというとコガッキを指すようになってしまった。

使用ピアノ J.B.シュトライヒャー No.7150


 昔のピアノと弾く楽しみはと尋ねられれば、まずは音色がよく溶け合うことだろう。先日ブラームスの交響曲で、古いタイプの金管楽器がファゴットなどリード系の木管楽器と実によく溶け合うことを改めて確認する嬉しい機会があった。溶け合うことはあらゆる合奏における至福の一つではなかろうか。同時代の楽器(ピリオド楽器)は追い求める美観を共有しているからなのか、よく混ざり合うのが特徴である。J.B.シュトライヒャーのピアノには金属のフレームが入っているがまだ鋳物ではなく、弦も真鍮ではないが現代のピアノとは材質が違うのでそれ以前の楽器と似た響きがあり、木の箱の鳴る音がする。溶け合ってどちらがどちらか判らなくなるというのは、一方の音量が大きくてもう一方が聞こえなくなる事とは全く別物である。
 音量の問題はピアノとの合奏において常に切実だ。モーツァルトやベートーヴェン初期に用いる5オクターヴのピアノとの合奏では時にチェロは音が大きすぎ、バランスに注意が必要になる。モダン・ピアノと常に格闘している気分のチェリストにとって、こちらが大きすぎることがあり得るだけでも愉快だが、そのようなバランスであれば、作曲者が書いたスラーや音量の指示も正しく守ることができる。モダン・ピアノとの合奏では、とにかく音量を得るためにスラーを切るのは日常茶飯事なのだが、そうすると音楽の言葉遣いや音のテンションが変わってしまうのである。シュトライヒャーはもう現代のピアノにかなり近いのでチェロにとってバランスは容易くないが、この音をブラームスが知っていたというのはこの上ない親近感であり、これでできなければならぬという覚悟もできる。
近いようで意外に遠い19世紀
 それがいつの時代であれ、楽器の弾き方や好みが一つ二つだけということはないはずだ。現代は音楽学校教育のせいもあって、ヴァイオリン属の楽器は基本的にヴィブラートを持続的にかけて弾くのが常識になっているが、19世紀後半には賛否両論であった。ヴィブラートは特別な表現の音にのみ使われるべきで、基本は真っ直ぐな音と主張する一派があり、もう一派はどんどん揺らして響きを豊かにしてゆこうとした。前者にとって、ヴィブラートの多用は官能に走るものと映ったようだ。ブラームスの親友で著名なヴァイオリニスト/指揮者/教育者のヨーゼフ・ヨアヒムは前者の筆頭株で、彼の教則本にもそう書かれ、幾つか残っている晩年の録音でもピッチの揺れと聞こえるヴィブラートは殆ど使われていない。19世紀の終わり頃から20世紀初頭にかけて、イザイなどフランコ=ベルジアン・スクールと呼ばれる人々や若いクライスラーなどはヴィブラートを多く用い、その後のヴァイオリン奏法全体に大きな影響を与えた。
 

ヨーゼフ・ヨアヒム Joseph Joachim from Wikimedia Commons

 

ヴィブラートは少なかったが、ポルタメント(音をずらして滑らかに歌う方法)は現代の一般的な奏法よりも多用されていたようである。また、ブラームスやヨアヒムの演奏には楽譜に何も指示がない箇所でも多くのルバート(テンポの揺れ)があり、それこそは音楽表現に必要なものだと考えていた。クレッシェンドやデクレッシェンドも単に音量の増減だけではなく、「動きの増減」と捉えられ、微妙なテンポの揺れを内包するものであった。しかし、それを楽譜に書き記すと大袈裟になりすぎるという恐れから、ブラームスは出版譜には加えなかったという。良く知っているはずのロマン派、(バロックに比べれば)すぐ近くの時代と思う19世紀も、20~21世紀とは趣味を異にする面が多々あったことを忘れるべきではないだろう。
 ところで、ブラームスが若い頃チェロを弾いていたということをごく最近知った。それも、ロンベルクのコンチェルト程度まで弾いたというから初歩だけかじったのではない。ということは、演奏困難な箇所も「確信犯」ということか…ちょっと楽譜の見方が変わるような気がしている。

 

鈴木秀美 Hidemi Suzuki
神戸生まれ。チェロを井上頼豊、アンナー・ビルスマ他、指揮を尾高忠明・秋山和慶他に師事。文化庁芸術作品賞、レコード・アカデミー賞、サントリー音楽賞、齋藤秀雄メモリアル基金賞ほか多数を受賞。2001年《オーケストラ・リベラ・クラシカ》を創立、《アルテ・デラルコ》からその録音やソロ、室内楽等をリリース中。《ガット・カフェ》、《ガット・サロン》等レクチャー及び室内楽のユニークなシリーズを各地で展開。2013年より山形交響楽団首席客演指揮者。東京藝術大学古楽科非常勤講師。東京音楽大学チェロ科客員教授。

 

佐藤俊介&鈴木秀美&スーアン・チャイ

11月18日(土)16:00

 

~オール・ブラームス・プログラム~

ヴァイオリン・ソナタ 第2番 イ長調 op.100
チェロ・ソナタ 第1番 ホ短調 op.38
※ハンガリー舞曲より抜粋(第1番、第14番、第2番)
ピアノ・トリオ 第3番 ハ短調 op.101
※ヴァイオリン、フォルテピアノ編

 

一般¥4,000 学生¥2,000

チケットのお求めは
いずみホールオンラインチケットサービス(11月15日23:59までの受付)
11月16日から演奏会当日までは
いずみホールチケットセンター(06-6944-1188 10:00~17:30)
にご連絡ください。

 

 

 

 

 

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