「普段は行列で入れないラーメン店に今こそ行ってみる」シリーズの第3弾。

 当初は西荻窪の行列店「はつね」を目指していた。

 旧日本冒険小説協会のお友達、岡田まゆみさんから「コロナ禍で営業時間は変わってるけど、開いてるよ♡」との地元情報をいただく。こうした情報はとってもありがたい。さっそくチャリで我が家を出る。

 

 井の頭通りを延々、吉祥寺方向に走って手前で右折。西荻駅前に到着しました。

 ここに来たのって、人生で都合3回目くらいだろうな。駅前がゴチャゴチャしてて私好み。

 でもお陰でチャリを停めるのに適当なところが見つからず、ウロウロしてしまった。結局、「西友」の駐輪場に停める。45分までは無料だというから、そんなに時間は掛からないだろうと思って。

 

 ところが店の前に行ってみると、やっぱり行列が。駐輪の制限時間もあることだしあっさり諦めました。やっぱりここ、店内が狭いことも行列の原因としてありそうですね。

 

 てなわけで自転車を荻窪駅へ向けた。

「はつね」がダメなら「丸長」だ。まぁあそこもこの分だと、ムリかなぁ。最初からダメ元のつもりでーー

 

 

 そしたら、何と何と! 行列はゼロ。あっさり店内に入れました。

 カウンターにちょうど一席だけ空いていて、これまたあっさり着席が叶う。ムチャ無茶ラッキー!

 

 ここ、「丸長」グループの発祥のお店。昭和22年(23年と書かれた資料もあり)、長野出身の5人の蕎麦職人が共同経営でこの地で中華そば店「丸長」を始めた(「長」は長野から来ているわけですね)。その後、それぞれが「丸信」(「信」は信濃から来ているわけですね)「栄楽」「大勝軒」「栄龍軒」として独立し、更にそこから「のれん分け」で増えて行った。

 中でも一番、有名なのは東池袋の「大勝軒」でしょうね。「ラーメンの神様」とも呼ばれた故山岸一雄さんが「つけそば」を一般に供して好評を博し、現在の「つけ麺ブーム」の礎を築いた。

 

 ただ私は「つけ麺」文化のない九州の出身なので、あまり馴染みがない。あれは別の食べ物だと思っているので、初めての店ではまずは定番の「ラーメン」を頼む。

 

 そんで出て来たのがーー

 

 

 これぞ伝統の一杯!

 スープを一口、啜ると魚介ダシの香りがふんわりと鼻に抜ける。次いで濃厚な醤油味がガツンと舌に来る。

 当時、東京でラーメンといえばあっさり鶏ガラ醤油スープが当たり前だったところに、創業者が蕎麦職人だったお陰で独自の工夫でカツオや鯖節の出汁を混えたんですな。それが現在にも引き続くラーメン文化を牽引している形。もしこのお店がなかったら今のラーメンブームはなかったろう、と思うとますますこの味がありがたく感じて来る。

 

 麺は「丸長」独特の極太麺で、モチモチ感がたまらない。これを茹でるのに時間が掛かることが、いつも大行列の遠因でもあったわけですね。

 私の一人前のお客でちょうど麺が途切れてしまったので、私の一杯分からまた茹で始めることとなった。お陰で30分近く待つことになったけれど、逆に作っているところを一からじっくり観察できて、これまたラッキーでした。

 

 あぁ、大満足。ご馳走様っ!!

 

 外に出てみると4人ばかりの列ができていた。スムーズに入れたのはたまたまタイミングがよかったんですね。

 

 つくづく「丸長」に恵まれた1日でした。あぁ、ありがたやありがたや