良いところを見よう | ロサンゼルス「優塾USA」の塾頭のブログ

ロサンゼルス「優塾USA」の塾頭のブログ

カリフォルニア州において生徒数1位の学習塾「優塾USA」の塾頭による教育と子育てに関するコラム

以前優塾に一人、ほとんど耳の聞こえない子が通っていました。彼、岩田義弘(仮名)君は生後8ヵ月のときに高熱を出し、それが元で耳が聞こえなくなってしまいました。

授業では彼に背を向けてボードに書きながら説明することはできません。机の上のテキストを指し示しながら説明することもできません。口は大げさにはっきりと動かして説明しますが、それでも通じないこともあります。口元を見ただけでは分からない言葉もあるからです。例えば、1(いち)と2(に)は、外から見た口の動きにはまったく違いがないそうです。ですから身振り手振りを使って、ボードに字を書きながらもボードを見ず、またはテキストを私の顔の横に持ってきて、彼の方を見ながら大声で「ここはぁ、〇〇になるでしょ。わかる?」と説明します。

彼もこちらの口をじっと見つめながら「あい」とか「ほっかぁ」とうなずきます。彼は滑舌が悪く、話している言葉はわかりにくいです。話し始める前に耳が聞こえなくなってしまい、自分がどんな音を発しているのか分からないのですから仕方がありません。私は彼に会うまで耳の不自由な人に会ったことがなかったので、初めて彼の言葉を聞いたときは衝撃を受けました。最初は彼が何を言っているのかよく分からず、一緒に授業に入っていたお姉ちゃんが通訳してくれました。それでも、必死に話す彼の態度を見ていると、こちらもなんとか分かろうと思わず真剣になってしまいます。「ハンディキャップを背負って生きていくのは大変だろうなぁ」と心配をしてしまいますが、そんな気遣いは彼には要らないでしょう。なぜなら、彼自身が自分の障害をまったく気にしていないのですから。

こんなことがありました。国語の教科書に「三つの願い」という文章があり、国語の授業で、「じゃあ、三つの願いを書いてみよう」と書かせたとき、彼の三つの願いの中に、「耳が聞こえるようになること」が入っていなかったのです。また、国語の授業で目の見えない人の話を読んで、彼が「ほの人、はわいそうだねぇ」と心から言っているのを見たときは、感心してしまいました。

彼はとにかく性格が明るくいつも楽しそうなので、彼を見ていると耳が聞こえない障害なんて屁でもない、と思えてきます。いや、彼のは障害ですらないんじゃないか、聞くのと話すのが人よりちょっと苦手なだけなんじゃないか、とさえ思えます。努力することが苦手な人や、人との付き合いが苦手な人、私みたいについつい余計なことを言っちゃう人に比べたら良いのではないでしょうか。ヘレン・ケラーの言葉、「障害は、不便ですが不幸ではありません」を実感させられます。リンカーンは「幸せか不幸せかは、外的要因ではなく、自分の考え方で決まる」と言ったそうですが、まさに正鵠を射ていますね。

例えば、他人がみな広い豪邸に住んでいて自分だけ1ベッドルームのアパートに住んでいるとしたら、人間はそのことに不幸を感じるでしょう。しかし、逆に他のすべての人が家がないなか自分だけが1ベッドルームのアパートに住んでいたら、それだけで「自分はなんて恵まれているんだ」と幸福感を味わうと思います。すぐに人と比べてしまう私は特にそうです。同じ境遇なのにこの違い。幸せか不幸せかはしょせんは自分の気持ち次第、幸せと思えば幸せ、不幸せと思えば不幸せなんでしょう。そう言えばなにかの世論調査に、発展途上国のコロンビア、フィリピン、ブラジルなどの国々は、比較的生活水準が高い日本よりも幸せと感じる人の割合が高いそうです。

義弘君に限らず、ポジティブな子はいつも物事の良いところを見ようとします。ある中2の女子生徒はいつも明るく、ネガティブなことを言っていることを聞いたことがありませんでした。その子はトーランスに10年ほど住んでいたんですが、親御さんの転勤でNYに引っ越しました。メールで「友達と別れて寂しいんじゃない?」と聞いたら、「でも、こっちも楽しいこといっぱいあるよ~」と返ってきました。そうなんです。彼女には良いところしか目につかないようです。

さる大富豪が「旅先で見た犬の糞は忘れなさい」と言いました。旅先で美しい景色も見ずに汚いものばかり見てもつまらないでしょう。人生もそんなもの。つまらないこと、嫌なことはたくさんあります。でも、良いことはそれ以上にあるはず。子供も同じです。腹が立つところ、イライラさせられるところ、たくさんありますよね。でもそればかりに目がいって良いところを見ていないのではないですか。子供のできない所ばかりを探すのは止ましょう。そんなのは塾の先生にでも任せておけばいいのです。

これからは自分の身の回りの、そして子供の悪いところを探すのは止めて良いところを見よう、探そう、見つけよう。

自分に言い聞かせながら書いた、今月の教育通信でした。

義弘君のお姉ちゃん(当時中3)が日本に帰るときにくれた手紙は、優塾を的確に表現していたので、10年前まで優塾のパンフレットに載せていました。それを下につけておきます。

 

Dear YouJukuの先生達

約3年間、本当にありがとうございました。

初めて優じゅくに来た日の事…、忘れちゃった。うーん。でも3年間の中で1度たりとも優じゅくに行きたくない!!と思った事はありませんでした。(本当に)

来たころは英語がさっぱり分からず、優じゅくの英語の時間がたよりでした。今じゃすっかり…。たぶん、だいじょうぶ。(笑)

国語は、昔から得意だったので無問題(モーマンタイ)だったと思う!?(except 漢字)

あと、優じゅくでたくさんの人と知り合えたと思う。生徒の人もそうだけど、先生達はホント“出会い”って感じだった。

とくに○○先生と××先生にはおせわになりました。

弟の事もそうだけど、たぶん2人には1番教えてもらった気がします。

☆☆先生はいつもせっぱつまった時に助けてもらい、□□先生にはたくさんの漢字を教えてもらい、△△先生は来たばかりのころ国語を教えてもらって、今は月曜日しかここにいないからなかなかあえないけど先生のじゅぎょうはいつも楽しかった。◇◇先生は、MAKE-UPのときにしか見てもらった事がないけれど、優じゅくの中で1番やさしい先生だと私はいつも思っていました。

優じゅくには、心から信らいできる先生しかいないので、本当にじゅうじつした3年間だったと思います。

最後に今の私は、優じゅくのおかげで育ったような物です。

これからも、楽しくてわかりやすい授業をしてくれるじゅくで、いてください。

P.S. 本当に×100 お世話になりました。

7/13/2002 Y.I.