以下、記事からの引用です。
>単に好きだったのに、最初。
自分を大事にするって意味すら分からなかった私が、マクロビオティックに出会って、
調味料やキッチン道具を厳選して、丁寧に洗った玄米をふっくら炊いて、微細なお出汁の味の違いに、いちいち全部、感動してただけ。
「やらなきゃ」なんて、みじんも思ってなかった。
私にとって台所に立つことは、瞑想で。
「無」になれる、心地いい、遊びだった。
だから、「マクロビスクールに通います!」って堂々と有給使っても、誰にも何も言われなかったし、むしろ職場の方を巻き込めてた(笑)
それが、「習ってる」間はよかったんです。
でも、「人にお伝えする」「教える」側になった途端、苦しくなった。
あんなに楽しかった「マクロビオティック」が、怖くなった。
いつの間にか、どんどん乖離していった。
出発点は「好き」だったはずなのに、正しくあろうとすればするほど、「好き」から乖離する。
(その限界が来た時に妊娠して、岡田さんのブログに出会ったように思います)
☆
ね?
最初にマクロビを純粋に好きだった人ですら
うっかりすると正しさの押し付けや
正しい教師としての在り方に囚われて
純粋性が無くなったりするんです。
ましてや
『これが正しいから』と食事法を学ぼうが
育児法を学ぼうが、健康法を学ぼうが、
何をか言わんやです。
だからこそ自分の感覚がワクワクするのか?を
行動基準に持って欲しいなと思いますし、
しかめ面で正しい食事を作ってるママと
楽しそうなマックの家族連れ。
どっちが幸せか?を
よおく見て欲しいと思いますね。
ちゃんと子どもと遊んで、