トレンディトイレ
「つづけて実感!」
トイレ空間に入ると、ある俳優さんの顔があった。
一時期、「トレンディ」という文字を変換すると、この人が出てくるほどトレンディ俳優として活躍しておられたI氏。演技派、名脇役などではなく、部類としては「トレンディ」。
装備としては肩にセーターをまとい、素足にローファーが基本だ。
そんなI氏、「ぷっつん」「ファジー」なんて言葉同様に時代の1コマとして消えてしまわれるかと思いきや、21世紀となった今でも何かと話題に事欠かない。
なんなら髪型も変わらない。
もう「俳優」というよりも、「何かしらのイベントに呼ばれている人」という面の方が強くなってはいるけども、飽きられることもなく定期的にワイドショーにネタを提供し続けている。
同じく「何かしらのイベントに何の因果か、どういう関連があるのか分からないけど呼ばれている人」としては、叶姉妹というユニットがいる。ほしのあき嬢なども。
最近だと、岡本夏生嬢がそうだろう。
どちらにしても、華々しいイベントに呼ばれるというからには、その人自身にも”華”があるという証拠だ。
マイナスのイメージになる人をわざわざ招待するイベント会社はいない。
「普段から愛用しています」「前からファンでしたのよ」「これほどの映画は観たことありません」「感動しました!」といった、普通の人ならば「嘘をついて地獄に落ちたくありません!」と、平気で言えそうにもないことを、たくさんのフラッシュを浴びつつ微笑で応えられる人物はそうそういない。
"華”に"華"の相乗効果でプラスの効果を生むからこそ、宣伝に起用されるのだ。
選ばれた人間だ。
決して、どんな商品やイベントごとにも無難に合うといった意味ではない。
そんなI氏。
目線は肖像権に配慮して、こちらで入れさせてもらった。
まるで、ちょっと庶民受けを狙った立候補者のポスターのようだが、そのポージングには未だ色あせないトレンディという名の十字架を背負ったタレントの宿命が滲み出ている。
普通のおじさまがこのようなポーズをしたところで、「その指臭いんか?」と問われるのが落ち。
華のあるMr.トレンディだからこそ許されるのだ。
指先も光り輝くというもの。
そして、忘れてはいけない。ここはトイレなのだ。
なぜゆえに、トレンディの代名詞のI氏のお顔がここにあるかと言えば、
「尿トラブル
頻尿
排尿困難
夜間尿
軽い尿漏れ
残尿感 」
「尿」という文字を六回打った。
宣伝になってしまうので商品名は伏せさせてもらったが、あなたの尿のトラブルを解決致しますといったお薬の宣伝ポスターである。
決して笑いごとではないし、トイレに貼られていてこそ適材適所といったものだ。
ここに「出前迅速!カード使えます!」と、ラーメンのメニューが貼られていても謎が謎を呼ぶばかりだ。
きっと人ごみの中で小声で「尿が・・・」とつぶやいたとしても、即座に聴き分け忍び寄り、「今、尿って言いました?尿でお困りですか?尿にご興味がありますか?ちょっと尿でトラブってる感じ?そこの喫茶店で相談聴くよ」といった具合に、この薬は作用するのだろう。
並べられた項目を見ていると、「赤上げて!白下げて!赤下げないで白上げて!ここでおもむろに取りい出したるわ、トリコロールの旗!」といった風に、尿をせき止めたいのか、はたまた出しっぱなしにしたいのか分からないようになってくるが、きっとどちらにでも効くはずだ。
整腸剤が下痢止めにも、下剤としても利くように。
問題はそこじゃない。
あの、あの、あのトレンディ氏がトイレにいたと思えば、尿のトラブルを解決するお薬の宣伝に起用されていたようだ。
バブル景気の頃に、氏が「尿」という言葉をドラマの中で口にしただろうか?
愛だ、恋だ、ワンレンボディコンの君がいないと暮らしていけないんだ、でも不倫もするんだ、このセーターは実は羽根なんだよといったドラマには似つかわないキーワード、それが「尿」。
100円ショップのダイソーのコーナー分け風に言えば、「ザ・尿」。
これも時代の流れか、かつてのトレンディ氏も年をとったいうことか?
いんや、先ほども言ったが、宣伝として使われる人物にはそれなりのスーパースターのオーラがあるというもの。”華”があるからこそ、看板として使われるのだ。
東電のお世話にならなくても、自家発電で光り輝くことが出来る人物こそ芸能人である。
「絶対領域」と聞くと、何やらにんまりとする人は多々いると思う。なんなら聞いてもいないことを語り始める人も。
しかし「残尿感」、この言葉を耳にしてウキウキし始める人は滅多にいないだろう。
まだ「残念賞」ならば、まだティッシュの一つでも貰える可能性もあるかもしれないが、「残尿感」は必要とする人もいなければ、そのイメージときたらものすごく暗い。
残って欲しいのは月末における先月の給料くらいのものだろう。
駅から徒歩30分、最寄りに交通機関なし、北東向き、四畳半、窓を開ければ10階建ての廃墟がそびえ建っています!その建物間の距離30cm!なんて物件よりも、受けるイメージは暗い。
そんなダークなイメージを払拭できる人間なんて、そうそういない。
だがしかし、ダイソー風に言えば「ザ・トレンディ」ならば、オセロの如し暗いイメージを一転して華やかなものに変えることが出来るのだ。
決して、氏が尿トラブルを抱えているわけではないだろうが(確証なし)、そういったトラブルに見舞われる年代の代表として、希望を与えるかのように氏がここで微笑んでいる。
失礼な例えで申し訳ないが、これが仮に温水洋一氏が立っていたならば、「俺の尿トラブルって・・・。そっか・・・」といった風に症状を抱えた方と、なんならその息子も頭を垂れるというもの。
こういった方々はイメージといった背後霊のようなものと一緒にメディアに出ているのだ。例え本当に頻尿だとしても、性格がどうのこうのだったとしても、世間のイメージが先行する。髪型だってそうそう変えない。
例えるならば、
お寿司屋さんの子供は寿司食べ放題。
ペットショップの子供は犬・猫撫で放題。
自転車屋さんの子供はサドル乗り放題。
"優子さん"は優しい人に違いない。
"香織さん"はいい匂いがするに違いない。
"満子さん"は何かが満ちているはずだ。
蟹江敬三はカニとなんか関係があるに違いない。
恥ずかしい症状かもしれないといったイメージを、それを凌駕する明るいイメージでカバーすることが出来るのはトレンディ氏ならではか。
まるで「尿」が「ティラミス」と同等の扱いにまで引き上げられたようではないか。
それは言い過ぎだ。
これも氏ならではの成せる技か。
普通のおじさんが素足にローファーを履いたところで、臭そうと思われるのが落ちだが、氏ならばアリなのだ。
彼のおかげで、トイレすらトレンディなデートスポットに。
また、この人がワイドショーで取り上げられているときは、世の中が平和なときだ。
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「厠イヤミ百景の一景」