自分は、物事について、今のところ、物理的なところと、目に見えない感情的なところをふまえて感じていますが、自分にとって、実は全く分らない世界が存在しております。

 

そして、その分からない世界については、語りたくもありませんし、逆に、なぜその分からない世界を何かの本を読んだだけで堂々と言う人がいるのかということを疑問に感じる次第です。

 

江原啓之 そのお経では亡くなった人を供養できません!誰もが間違っている「お経」と「盛り塩」の正しいやり方

 

なぜか、youtubeでヒットしましたが、、、

 

自分には、全く理解が出来ません。題からして逃げたくなるようなものです。

 

 

自分がこのブログを通じ、述べてきたことは、ナマクラから鋼になる為の向上の意識についてです。

 

ナマクラという弱い鉄は、叩いたり、焙ったり、冷やしたり、曲げたり、伸ばしたりと、様々なストレスを与え、鍛えなければ強くはなりません。つまりは、自分達の体に置き換えては、自分の代わりに鍛えてくれる人がいて鍛えられる訳ではありません。強い自分になろうと思えば、自分が行動に移すより他に方法があるとは思えません。

 

ダイエット一つにしてもそうです。自分が食事などを改め、行動に移さなければ結果として現れません。第三者が、訳の分からない波動や念力とやらで物理的に作用させることなどできやしない筈です。

 

書きながら、オシッコがしたくなってきた自分ですが、自分の代わりにオシッコをしてくれる存在などあり得ません。嫌でも自分がトイレまで行って用を足すしか無いのです。

 

自分を救えるのは、本当の意味で自分である。この考え方を持つ自分です。これからも、その考え方は変わりません。

 

そう考えたとしたら、このような動画が理解できないのです。

 

さあて、このような動画が、本当に正しいのならば、、、、

 

どんな極悪非道の者でも、心から祈れば、一発即身成仏ってな。。

 

そんなお経を作り出し、お経にランクをつけたら、そりゃもういい金儲けです。やめられんでしょう。それで、立派な寺院が建ったわけですな。。

 

納得!!!

 

ああ、くわばらくわばらです。