日本人の作法が好きです。
お茶、お花、着物の所作など
動きのひとつひとつが
とても美しく感じます。
対面する人やものに失礼のないよう、
「相手目線」を感じる動作だからこそ
美しく見えるのでしょうか。
今回、私が初めて知った作法がありました。
納棺という、死者を送りだす支度のとき。
人間として最後の、
そして旅立つ者として最初の作法。
命はもう消えてしまっているけれども
その人自身が行なっているような、
死者と生者の不思議な一体感がある
とても厳かな作法に見えました。
でもそれは、その納棺夫の意識によって
まったく違って見えるものかもしれない。
人の死を扱う職業とは
どういうものなのか。
死者を「送る」とはどういうことなのか。
いい映画でした。
『おくりびと』
「それでは、
旅立ちの支度をさせていただきます」
と、静かに手際よく進む納棺の儀。
死者の体を敬いながら
丁寧に着物を着せ、足袋をはかせ
化粧を施すその動作は、
とても清らかなものに私には見えました。
言い方が悪いけど、
死者の最後の魅せ場というか。
舞台に上がる演者の支度を
観ているようなんです。
こんなふうに支度をしてもらったら
生前どんなに悔やまれることがあっても
どんなに恥ずかしいことがあっても
どんなに苦しいことがあっても
一人前に旅立てるような気がします。
しかし、この旅立ちを演出する納棺夫だって
はじめからみんなに
ありがたがられるわけではない。
主人公の小林は、
楽団のチェロ奏者だったのに
ひょんなことから納棺夫になってしまう。
とまどい、辞めようと何度も思いながらも
この仕事の意味に気付き
やりがいを感じ始めていく。
でも、そんな小林の妻や友人は
納棺夫という仕事を
みっともないから辞めろという。
「死を扱う職業」というものへの
2つの考えがぶつかりながら
物語は進んでいきます。
この映画のいいところは
誰も悪者がいないということ。
誰の言葉にもうなずける。
どの人の気持ちもわかってしまうのです。
小林の妻や友人の言葉に
観ている自分も、死を扱う職業の人に
わずかでも軽蔑を持っていたことを感じたり
その職業のありがたさに気付いたりしながら
最後まで素直に観れる。
登場人物たちと一緒に
自分の心にも変化が生まれる感じ。
だから、終盤の火葬場のシーンでの
おじさんのセリフが
すごく理解(納得?)できるというか。
葬儀関係の仕事の見方が
少し変わりました。
私が好きなシーンは
小林もよく知る銭湯のおばちゃんの
納棺の場面。
着物を着せ、化粧をした後
おばちゃんが首元にいつも巻いていたスカーフを
小林がそっと巻いてあげます。
その人らしさを出してあげたところ。
最後の最後まで、
こんなふうに自分らしい姿でいられたら
本望だと思う。
こういう気遣いができる納棺夫さんに
私もお支度してほしい。
この作品は、荘内弁のセリフだからか
いろんな言葉が耳にやさしく届くし、
ところどころに笑いもあって
リラックスして観ることができます。
でもグッときますよ。
のんびり
何かを観たい時にオススメ。
だれか、これを観たら教えてください。
一緒に「石文」をやりましょう(笑)