天城一について その1 全作品紹介  

 

 天城一の「密室」作品は、「密室」アンソロジーの決定版というべき、渡辺剣次編の「13の密室」、「続・13の密室」、鮎川哲也編の「密室探求 第一集」、「密室探求 第二集」、さらに遡れば中島河太郎編の「密室殺人傑作選」にも収録されている。「密室」を特集したアンソロジーにそれぞれ別の作品が収録されている。推理小説作家は数多くいるがこれは他の誰もなしえていない「偉業」であり、「密室」を語る上で天城の作品は外せないことが分かる。短編推理小説における「密室」を語るうえで、天城はもっと評価研究されなくてはならない作家であると思っている。それで天城の「密室作法」と「密室の系譜」を紹介する前に今まで読んできた全作品を俯瞰してみたいと考えた。

 「13の密室」の編者渡辺剣次は天城の作品を「抽象探偵小説」と評している。すべてが具体的かつ明確であらねばならない推理小説の、しかも「密室」に抽象的概念を融合させた作家なのだ。「密室」はトリックかロジックか、大きくその二つに分類されるが、天城のすべての作品はロジックで構成された「密室」の絶対孤高の高みにある。「天城の密室を読んだか?」「天城の密室をどう解釈する?」「天城の密室を認めるのか?」、「密室」の読者は常にそう問いかけられている。

 

 ここで改めて天城の「全作品」を総括的にまとめてみたい。今までに紹介してきた作品は「高天原の犯罪」「不思議の国の犯罪」「明日のための犯罪」「朽木教授の幽霊」「冬の時代の犯罪」「夏の時代の犯罪」「むだ騒ぎ」「鬼面の犯罪」の8編だ。

 作品の発表年を知りたくてウィキペディアを検索すると、数学者で大阪教育大学名誉教授、2007年に死去、享年88歳であったこと、短編作品名が羅列されてあるだけで、発表された年も掲載された雑誌名も書かれていなかった。短編作品は13編掲げられそのうちの5編が未読であることだけは分かったが、渡辺は16編としているので作品数も異なっている。ウイキペデイアの記載に全幅の信頼を置いてはいけないということの再確認にもなった。

 作者と作品を理解するためには「書かれた順」は大きな要素だ。「解説」の中で得られた情報として、「不思議の国の犯罪」が処女作であること、昭和25年「明日のための犯罪」で一度筆を折ったこと、「冬の時代の犯罪」は後期の作品であること、「むだ騒ぎ」は私家版で刊行「密室犯罪学教程」に書き下ろされたもの、つまりほぼ最後の作品であろうと思われる、この程度の情報しかなかった。この4編を固定してウイキペデイアの掲載順を拠りどころにして追ってみることにした。

 

 [283]「13の密室」の「不思議の国の犯罪」。昭和22年、この処女作を「宝石」に発表してデビューした。原稿用紙わずか30枚の作品だ。殺人事件が起こったのは工場の敷地内、表通りに面した通用門から建物の裏口まで続いている50メートルほどの細い道路で、札付きの不良社員が背中を短刀で刺されて殺されていた。通路の両側は窓ひとつない三階建ての建物とコンクリートの壁がそびえたっていた。通用門には守衛が、裏門にはその時たまたま警官がいて入った者も出てきた者もいないと証言した。屋外だが完全な密室状態の中での殺人事件だ。

 [273]「硝子の家」の「鬼面の犯罪」。有名なガラス工芸の大家が殺された。夫人は鬼が後ろから短刀を振り下して夫を殺したと、また、息子も鬼を見たと証言した。探偵の麻耶は、何も証明できないし証拠も無いと言う。探偵としてはあるまじき言いぐさではあるが、天城の解決は別のところにある。

 [281]「密室殺人傑作選」の「高天原の犯罪」。それが見える人と見えない人がいるという問題だ。新興宗教の本部の二階の「高天原」と呼ばれる部屋で教祖が首を絞められて死んでいた。雨戸は閉められ階段が唯一の通路で階段下には常に二人の男が控えていて、彼らは階段を上がった者も降りてきた者もいないと証言した。一番長い40枚の作品だ。

 [285]「続・13の密室」の「明日のための犯罪」。居間で男が心臓を一突きされていた。驚いてフランス窓から庭の方に逃げ、そこで気を失ってしまったと殺された男の妻の妹が警察に証言した。フランス窓から出た小さなハイヒールの跡は庭の中央で消えていた。凶器の短刀はどこからも発見できなかった。天城の構築した「密室」で一番分かり易く納得のいく作品だった。この作品の後しばらくの中断がある。

 [237]「密室の奇術師」の「夏の時代の犯罪」。行者と呼ばれるインチキな占い師が密室の中で短剣で胸を刺されて死んでいた。行者の私室の前には待合室があり、そこには相談に来た姉妹がいて、この部屋を通って行者の部屋に入った者も出て行った者もいないと証言した。天城は“超純密室”という概念の作例としている。

  [287]「密室探求 第一集」の「朽木教授の幽霊」。なおみが朽木教授からの呼び出し電話で出て行き、青山のマンションの10階の一室に入っていった。なおみの父親に命じられた跡を付け秘書がエレベーターホールの階段のドアに隠れて見ていると、おなみが血相を変えて出て来た。その後すぐに長髪のヒッピー風の男が朽木の部屋に入りまた飛び出して逃げ去って行った。秘書が中に入ると右のこめかみから流血している教授の死体があった。

 [289]「密室探求 第二集」の「冬の時代の犯罪」。雪の上に全裸の美女の死体が発見された。死体の上に雪が積もってなかったので犯人は雪が止んでから、被害者の身元を隠すため衣類を剥いで裸にして捨てたと思われたが、死体の周りには足跡ひとつ残っていなかった。季節の冬だけではなく、まさしく冬の時代の物語だ。

 [290]「真夜中の密室」の「むだ騒ぎ」。平成3年に私家版で刊行された「密室犯罪学教程」に書き下ろされたものだ。執筆は70年代とされている。文庫でわずか11頁、そのうち一頁は時刻表だけの頁になっているので本文としては10頁の超短編作だ。「密室」を主題にしたミステリーではギネス級の短いものになるのではないだろうか。「犯人はおろか被害者までがどうして殺人現場に入れたのか」という「密室」がテーマになっている。

 

 ウイキペデイアに揚げられた「奇蹟の犯罪」「夢の中の犯罪」「盗まれた手紙」「ポツダム犯罪」「黒幕・十時に死す」「ニ長調のアリバイ」「春嵐」の七編はまた別に取り上げたい。