おじさんの腹立ち日記 <その160>   令和元年 7月 7日(日)
 
条例の強化で守られる者と失うもの
 
◇ 「差別のない人権尊重のまちづくり条例」
先月の末、川崎市が特定の民族や人種を侮辱するなどのヘイトスピーチの規制を強化して、違反者への刑事罰を盛り込んだ条例の素案を市議会に提示したというニュースがあった。市内の公共の場でヘイトをしたりさせたりすることを禁じたうえで、違反があった場合、違反行為をやめるように勧告、二回目の違反では中止を命令、三回目の違反では違反行為をした者の氏名や団体名などを公表し市が被害者に代わって検察庁か警察に告発するという内容で、罰金を科すべきかどうかを司法手続きにのせ、裁判所などの判断に委ねるという仕組みになっている。違反に対する罰金は50万円、ヘイト行為に刑事罰を科すと定めた全国自治体で初めての条例になる。川崎市は素案について今夏パブリックコメントを実施し、12月議会に条例案を提出する方針と記事にあった。
ヘイトスピーチは2013年頃から東京新大久保や大阪鶴橋などで激化、川崎市でも公園を利用した集会やデモが繰り返された。16年にはヘイトスピーチ対策法が成立したがこれには罰則はない。18年に川崎市はヘイトのおそれがあれば公園など公的施設の利用を拒めるガイドライン(指針)を全国で初めて施行、今回の罰則はさらにそれを強化したものだ。
ここで議論される「ヘイトスピーチ」とは何なのか。朝日新聞の「キーワード」には「特定の人種や民族など少数者への差別をあおる表現や排外主義的な言動。「在日特権を許さない市民の会」(在特会)が京都の朝鮮学校に「朝鮮半島に帰れ」などと街宣活動を繰り返した問題では、2013年に京都地裁が在特会側に街宣活動差し止めや約1200万円の賠償を命じ、最高裁で確定した。16年には国や自治体に防止策を求めるヘイトスピーチ対策法が施行された」という記載があった。
つまり「ヘイトスピーチ」とは在日韓国人朝鮮人に対する憎悪表現だと朝日新聞は定義している。川崎市の「差別のない人権尊重のまちづくり条例」の罰則強化は、在日韓国人朝鮮人に対する憎悪表現には罰金を科すると条例で定めるということなのだ。
 
◇ 表現の自由、集会の自由
日本国民が相手国で得られる「恩恵」と同程度のものが日本国内にいる相手国民に与えられる、これが「互恵主義」といわれるものだ。互いに相手国の国民を尊重しあうという精神だ。この精神の反対にある憎悪だけを強調したものがいわゆる「ヘイト」だ。
この考えには誰にも異論はないだろう。だがしかし、とおじさんは言いたいのだ。
ソウル市内で繰り広げられる「慰安婦」や「徴用工」のデモで国旗日の丸が焼かれたり、安倍首相の顔写真に墨で×が書かれたりされるのはまだ我慢ができても、天皇陛下の顔写真に赤色で×が描かれているのを見せつけられると我慢がならないものがある。このような反日デモは「ヘイト」に当たらないのか。
韓国国内だけでも80体ものいわゆる「慰安婦にされたという少女像」が置かれている。全世界でみると何と二百体にもなり、それには「日本軍により性的奴隷とされた少女像」というプレートがはめ込まれている。明らかに国際法に違反している「慰安婦にされた少女像」がいまだにソウルの日本大使館前に置かれたままだ。これはヘイトに当たらないのか。
韓国国内で日本人に対する「恩恵」は何一つ得られていない。それでも日本国内では在日韓国人朝鮮人は守られなくてはならない存在なのか。日本国憲法に掲げられた表現の自由、集会の自由に抵触することの議論をおざなりにしてまでも保護されなければならないものなのか、とおじさんは問いたいのだ。たとえ聞くに堪えないような罵詈雑言であったとしても、百歩譲ってそれが一見反社会的な行為に見えるようなものであったとしても、目的が何であったとしても人が集まって集団で行動することの集会の自由と、たとえそれが憎悪から発したものであったとしても、自由にものを言い、それを自由に行為として表す表現の自由は憲法によって保障されているものだ。
これらの自由と引き換えにできるものなどあり得るはずもない。
日本人が憲法によって保障されている自由と引き換えにするほど在日韓国人朝鮮人の権利は守られなくてはならないものなのか。憎悪表現から在日韓国人朝鮮人を守ることが、日本人の表現の自由、集会の自由に優先するものなのか、日本人の自由を制約してまで守られるべき上位にあるものなのか、それを問いたいのだ。
 
いまだに「日本にいる朝鮮人は戦時中に強制的に日本に連れてこられ人たちの子孫」と何の疑いもなく頭から信じている人が多くいるようだ。だからありもしない「強制連行の二世、三世」が議論の立脚点になってしまうが、それはまったく事実ではない。戦時中に日本国内にいた多くの朝鮮人は太平洋戦争終結と同時に祖国に帰った。朝鮮は日本から独立したのだと喜び勇んで帰って行った。敗戦国の日本に留まって朝
鮮人と差別されるより独立を果たした祖国に帰る、これは誰にでも理解の及ぶところだ。もちろん帰国せず日本に残ることを選んだ朝鮮人もいたが、それはそれなりの理由があってのこと、本人の選択の問題だった。その数年後朝鮮人が日本に戻ってきた。朝鮮戦争が始まったからだ。そもそも朝鮮国内に仕事がなくそんなところに戦争が始まって、命からがら日本に逃げ帰ってきたのだ。祖国のために戦うのではなく戦争から逃げてきたのだ。当然その多くは密航者で、だから外務省にも厚生省にも正確な数字として残っていない。
大事なことだからもう一度書く。
現在の在日韓国人朝鮮人は戦時中に日本にいた者たちの二世や三世ではない。日本に残ることを選んだ者たち、自らの意思で日本に渡ってきた者たち(そのなかには密航で来たものも数多くいる)の子孫たちだ。密航で渡ってきた者たちの子孫まで、われらの表現の自由を犠牲にしても守らねばならないものなのか。
最近読んだ「今こそ韓国に謝ろう そして「さらば」と言おう(飛鳥新社)」のなかで著者の百田尚樹さんは、「昭和352月外務省発表によると、当時日本に居た在日韓国人朝鮮人は約61万人、その全員に聞き取り調査を行った結果、戦時徴用され日本国内にとどまっていたのはわずかに254人。つまり大多数の在日韓国朝鮮人が「職を求めて」自由意思で日本にやってきた人たちだ。しかもその中にはかなりの数の密航者がいる」と書いている。この中の「戦時徴用」は徴用であって強制連行ではない。また昭和35年というのは朝鮮戦争が終結して韓国国内もかなり落ち着いた頃の調査ということだ。
 
条例では市が被害者に代わって検察か警察に告発するという。つまりどのような行為が告発の対象になるのかは市の判断に委ねられている。ヘイトに当たるかどうかを行政が恣意的に決められるものだとしたら、市長が変わればまったく別な意味を持つものになる可能性があるということなる。市長が特定の信条を抑え込もうとしてすることも考えられる。このような危険性にも目を瞑ってまで自分で自らの手足を縛る
ような条例を制定し、さらに罰則を付加して規制を強化するというのだ。
こんなバカな条例がさらに強化されようとしているのを黙って見過ごすことなどできる訳がない。