毎年やっていたことが、今年はできなかった。
毎年楽しく笑って過ごした大切な一日が、今年は来なかった。
何とも言えない寂しさ。
現実を受け止めきれない、自分の心の弱さ。
いままでの「この日」は、抹消されてしまうのだろうか。
かもしれない。
一夜明け、いつもと変わらない一日が終った。
ただ一つのことを除いては。
そして、また、いつもの一日が始まる。
次の日も、次の日も、次の日も。
でも、やっぱり
Happy birthday🎉
Have a great one💐
Hope some day you will see this message😊
毎年楽しく笑って過ごした大切な一日が、今年は来なかった。
何とも言えない寂しさ。
現実を受け止めきれない、自分の心の弱さ。
いままでの「この日」は、抹消されてしまうのだろうか。
かもしれない。
一夜明け、いつもと変わらない一日が終った。
ただ一つのことを除いては。
そして、また、いつもの一日が始まる。
次の日も、次の日も、次の日も。
でも、やっぱり
Happy birthday🎉
Have a great one💐
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ちょうど四年前の今日、私は知人の家に中国からの留学生とともに招かれ、その家の方々と、楽しい時間を過ごしていた。
その最中、留学生のもとへ国のお父様より一本の電話があった。
「お前は大丈夫なのか?」
その日は穏やかな天気で、空には青空が広がっていたので、こんなに穏やかで平和な日に何を言っているのだろう?
「日本で大きな地震があったそうじゃないか?」
「大丈夫なのか?」
その場に居合わせた者一同が「えっ、地震?」という顔をし、お互いの顔をみた。
それならばと、テレビをみようということになり、つけてみると、なるほど、テレビは地震情報、津波情報を大々的に伝えていた。日本列島沿岸部に赤や黄色の線がひかれた地図が映しだされていた。
この時点では、これまた日本人がどれだけ地震、津波情報を聞き、慣れているかがハッキリわかるが、この情報を全くと言っていいほど深刻に捉えることなく、私たちはその場をやり過ごした。
テレビを消して、またテーブルに戻り、用意された料理をほうばりながら、地震とは全く関係のない話を、そこにいたみなで、笑いながら時間になるまで続けた。
日本の半分以上の人が生死の間で戦っているとも露知らず。
知人の家を留学生と後にして、その子をバイト先まで送り、家に帰ると家族がテレビの前に座り、
「大変なことになった!」
と口々にいっていた。
「あぁ、地震でしょう。そんなにひどいん?」
と、私はまだ呑気に聞いていた。
そのあと徐々にその地震や津波被害の大きさか明らかになっていくにつれ、これは本当に日本で起きていることなのだろうか?確かにニュースで報じられている地名は、聞きなれたところばかりだ。それでも、いや、これは違う国での出来事なのではと受け入れがたい事実に直面している私がいた。
いろいろな情報が飛び交うなか、自分に何ができるのだろう、何かできないのだろうか。しかし、本当に無力だった。
東京近郊に住む知人が、いつも都内に出掛けていたので、心配になり連絡をとってもみると、案の定帰宅難民。東京がどういう風になっているのかわからず、とにかく何か情報を流さなければと思ったのを覚えている。今考えると、むやみやたらに個人で通信網を使うことは良くなかったのかもしれないが。ただ、ただ、心配で心配で、いてもたってもいられなかった。ただ、それだけだった。
海外の友人はFacebookを通じ、日本全国にいる友達の安否確認を行い、情報提供してくれていた。
住むところがないなら、自分の国へ家族とこいと言ってくれた友人もたくさんいた。
本当に感謝したい。
あれから四年。
もう四年。
まだ四年。
感じ方は人それぞれだと思う。
私にとってはつい昨日のことのように思えて仕方がない。
昨年、私は311をイギリスでむかえた。
くしくもその日はスペイン列車爆破テロの十周忌。
回りはその追悼モードに包まれていたが、残念なことに、東日本大震災について触れる人はいなかった。
そうやって、少しずつみんなの記憶から消えていくんだと痛感した。
近年、台風や地震、津波などによる天災か各地で起きている。
大きな災害の陰に隠れてしまっている被害者の方々も多い。
そのことも忘れてはならない。
私はその被害あった方々すべての人に敬意をはらうため、今、自分がやらなければならないことを、全力で頑張ろうと思う。
与えられている命を大切に、全力で生きようと思う。
ご冥福をお祈りいたします。
その最中、留学生のもとへ国のお父様より一本の電話があった。
「お前は大丈夫なのか?」
その日は穏やかな天気で、空には青空が広がっていたので、こんなに穏やかで平和な日に何を言っているのだろう?
「日本で大きな地震があったそうじゃないか?」
「大丈夫なのか?」
その場に居合わせた者一同が「えっ、地震?」という顔をし、お互いの顔をみた。
それならばと、テレビをみようということになり、つけてみると、なるほど、テレビは地震情報、津波情報を大々的に伝えていた。日本列島沿岸部に赤や黄色の線がひかれた地図が映しだされていた。
この時点では、これまた日本人がどれだけ地震、津波情報を聞き、慣れているかがハッキリわかるが、この情報を全くと言っていいほど深刻に捉えることなく、私たちはその場をやり過ごした。
テレビを消して、またテーブルに戻り、用意された料理をほうばりながら、地震とは全く関係のない話を、そこにいたみなで、笑いながら時間になるまで続けた。
日本の半分以上の人が生死の間で戦っているとも露知らず。
知人の家を留学生と後にして、その子をバイト先まで送り、家に帰ると家族がテレビの前に座り、
「大変なことになった!」
と口々にいっていた。
「あぁ、地震でしょう。そんなにひどいん?」
と、私はまだ呑気に聞いていた。
そのあと徐々にその地震や津波被害の大きさか明らかになっていくにつれ、これは本当に日本で起きていることなのだろうか?確かにニュースで報じられている地名は、聞きなれたところばかりだ。それでも、いや、これは違う国での出来事なのではと受け入れがたい事実に直面している私がいた。
いろいろな情報が飛び交うなか、自分に何ができるのだろう、何かできないのだろうか。しかし、本当に無力だった。
東京近郊に住む知人が、いつも都内に出掛けていたので、心配になり連絡をとってもみると、案の定帰宅難民。東京がどういう風になっているのかわからず、とにかく何か情報を流さなければと思ったのを覚えている。今考えると、むやみやたらに個人で通信網を使うことは良くなかったのかもしれないが。ただ、ただ、心配で心配で、いてもたってもいられなかった。ただ、それだけだった。
海外の友人はFacebookを通じ、日本全国にいる友達の安否確認を行い、情報提供してくれていた。
住むところがないなら、自分の国へ家族とこいと言ってくれた友人もたくさんいた。
本当に感謝したい。
あれから四年。
もう四年。
まだ四年。
感じ方は人それぞれだと思う。
私にとってはつい昨日のことのように思えて仕方がない。
昨年、私は311をイギリスでむかえた。
くしくもその日はスペイン列車爆破テロの十周忌。
回りはその追悼モードに包まれていたが、残念なことに、東日本大震災について触れる人はいなかった。
そうやって、少しずつみんなの記憶から消えていくんだと痛感した。
近年、台風や地震、津波などによる天災か各地で起きている。
大きな災害の陰に隠れてしまっている被害者の方々も多い。
そのことも忘れてはならない。
私はその被害あった方々すべての人に敬意をはらうため、今、自分がやらなければならないことを、全力で頑張ろうと思う。
与えられている命を大切に、全力で生きようと思う。
ご冥福をお祈りいたします。






