こんにちは!Kinoshitaです。

大好きな秋の季節。食事が美味しくブクブク太りそうです泣

 

それでは前回の続きです。

体外受精の歴史を語るにおいて、忘れてはいけないチームがあります。

それがオーストラリアチームです!!

 

なぜかというと、体外受精の発端は

1968年にオーストラリアで動物生殖学会のNeil W. Mooreの発表に始まります

Carl Woodは卵管性不妊の治療法として研究を進め、メルボルンのクイーンビクトリア病院で動物で有効とされるIVFを人に活用できないかとずっと考えていた。

1973年 Woodは人にIVFを試み初めて化学流産までは成立していたのです!

 

この出来事が前回お話した

EdwardsとSteptoeのイギリスでの研究に火をつけ、1978年にIVFを初めて成功させたのです。

(Kinoshitaコメント:

この研究者達の素晴らしいライバル関係が今のIVFをここまでの治療にしてくれたのだと私は思っています。)

 

オーストラリアチーム(Wood,Trounsonなど)の歴史

多数の卵胞を発育させるためにhMGによる刺激に注目しhCG投与後の採卵には開腹か腹腔鏡を用いた。

クロミフェンなど低刺激での実験も繰り返したが、IVFが成功しなかったのです。

WoodはTrounsonを研究チームにも加えた。

 

この頃にEdwardsとSteptoeのIVF成功を聞くことになる。

これが今度はオーストラリアチームの火をつけたのです!!

(Kinoshitaコメント:

ちなみにこの成功の後、Steptoeがオーストラリアに来ていたそうです。最初にIVFに成功した詳細については語らなかったようですが、これは研究者のプライドでお互い聞かなかったのか、それとも話せなかったのか・・・

想像するだけでも私はピリピリした緊張感を想像してしまいます。

 

1979年(メルボルン)で自然周期におけるIVFで最初の妊娠を成立させた

その後、1979〜1980年においては刺激周期が望ましいと示しています。

 

新しい過排卵刺激法と培養システムの成功によってオーストラリアチームのモナシュ大学においてもIVFが成功するようになった。

モナシュ大学では男性不妊患者を対象とした顕微授精の研究も始まった。

モナシュ大学研究グループはDavid GardnerによるG2メディウムを用いて胚盤胞培養の成功率を高めることに集中し研究を続けている。この2段階培養液がその後アメリカで広く普及しました。

 

(Kinoshitaコメント:

IVFの最初の成功はできなかったものの、オーストラリアチームのIVFに対する功績は多大でありここから素晴らしい医療技術が開発されてきています。

Edwards+SteptoeVS Wood+Trounson

なんか私は素晴らしいライバル関係だったんだろうなーと話を聞くだけでワクワクしてしまいます。

 

歴史を知り、これからの不妊治療を考える良い機会になればと思います!

卵巣刺激、卵子の成熟!!

ここから体外受精はスタートしているんです!

 

以上で体外受精の歴史これまで!!

 

〜不妊治療は一つではない〜

不妊治療の詳しい内容は当院HPをご覧ください

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