こんにちは。Kinoshitaです。

今週また台風が来る様ですね。今年は本当に災害クラスの台風、地震もあり不妊治療を頑張っておられる皆様も電車が止まったり、渋滞に巻き込まれたり大変だったのではと思います。

私も日本生殖学会の出席の為、北海道(札幌)へ前日入りをして、到着後すぐに地震で被災するという経験をしました。

本当に災害はいつ来るかわからない。その覚悟で施設を管理運営しないといけないと実感しました。

被災してわかったこと。携帯電話は本当に大切です。今では全ての情報が一番早く携帯に届きます。TVよりラジオより。

なので当院では安心して充電できる様、被災グッズに被災用の大きな充電器を補充しました。

皆様も自宅においても緊急時にすぐ持ち出せる被災用カバンはぜひ用意して下さいね。

 

それでは!!

本日からは体外受精の始まりについて勉強していきたいと思います。

私たちが今日、体外受精を行えているのは当たり前のことではないんです。

今まで苦悩してこられた医師、研究者、そして何よりそれを希望してくださった患者様がいるからこそできている治療です。

 

2018年に体外受精を行なっている医師、研究者、患者様はもう一度、体外受精で苦悩してきた部分をもう一度振り返り、見直し、さらなる今後の治療に活かしていくべきだと私は思っています。

体外受精に人生をかけた先人達の功績を理解しなければ、これからの新しい治療も生まれない様な気がします。

 

Fretil Steril.2018 Jul;110(1):4

1978年7月25日体外受精による最初の子が生まれました。

これをきっかけに世界中で体外受精は実施されることとなり、1000万人以上のカップルに親となることを実現させる機会を与えることとなった。

(Kinoshitaコメント:

1978年意外と最近なんだなと思いませんか?そうなんです。治療の歴史してはここ30-40年なんです)

 

・研究としては1935年までさかのぼります。

PincusEnzmannはまず卵子の成熟受精に関しての研究を行いました。

→第一成熟分裂が受精に至る第一段階である

 

Edwardsらも同様に研究を進め、卵子の成熟過程を詳細に検討しています。

→MⅡ期の卵子のみが受精し、その後分割する

→卵核胞の崩壊、移動期、MⅠ期、第一極体放出についてを報告

→1960年にはEdwardsは卵子の成熟、受精、胚移植などに関する研究をするが、1967年の終わりまではまだヒトの成熟卵を受精させることは成功していなかった。

 

1968年:Steptoeは1968年にEdwardに出会い、卵子の成熟と受精に関する研究を始めた

 

1969年:EdwardsとSteptoeは卵巣刺激後の卵胞から採卵を試みる研究を開始

 

1977年:卵巣刺激をせずに採卵を試みる

LHサージ後26時間で腹腔鏡を施行し採卵を試みる

Edwardsは8細胞期に達した時点で移植を試みていた

 

1977年11月12日(深夜)  LoseleyとJhon Brownの胚移植は行われた

→始めてのIVFによる妊娠が成立した

→1978年7月25日 Louise Brownが誕生

 

これが今日のIVFの発展の発端となった。

 

Kinoshitaコメント:

私がいつも大切にする卵子の成熟!!

体外受精が本当にここから始まっていることはわかって頂けたかと思います。

 

現在では多くの飲み薬や良い注射が発売され、卵子の成熟に特にこだわらなくても自然と成熟している?

本当にそれで卵巣を正しく刺激し、取るべき成熟卵が取れているんでしょうか。

今、体外受精を行なっている私達医師はもう一度体外受精が発展する為に何が必要であったのかを見つめ直すべきだと思っています。

 

当院はこれからも

女性の年齢(卵子の質)、AMH(卵子の数)、ホルモン値をもとにご夫婦毎に合わせた治療を提供していきます。

不妊治療は一つではありません。

〜皆様に新たな選択肢を〜

木下レディースクリニック

ivf-kinoshita.com