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昭和だった

昭和の最後、まだ私は小学生でした。
今思い返すと、おおらかな時代だったな、と思います。
その時代を思い返しながら、きっと今も、もっとおおらかな育児でも子どもはすくすく育つんじゃないかな、と思いながら書いていきたいです。


私が三年生だったころ、それはあと数年で昭和が終わる頃だった。

給食時間は、よく笑った。

5人か6人で席を寄せ合って、グループの形にして食べるのだけれど、みんなで楽しかった。

でも1番とっておきに楽しかった思い出は、たまたま親友のえりちゃんと同じグループになった時のことだった。


私たちはグルメリポーターになりきって、給食を食べるのだ。

ある時は、お金持ちのざますのリポーター。

ある時は、お年寄りのリポーター。

ある時は、バブバブ赤ちゃんのリポーター。

給食があっという間にご馳走に変身して、テレビに映ってる人に2人でなりきった。

笑って笑って楽しい給食だった。


給食時間は30分もなかっただろうに、記憶のあの時間は永遠に長くて楽しいばかりの気持ちを思い出す。

少しだけ、想像力の羽を広げれば、私たちはいつだって何者にもなれたし、自由だった。

大人になって知るのだけれど、そんな子ども時代の思い出は、時に大人の私の背中を押してくれるのだ。