明日から群馬県はお盆です。

ご存知かと思いますが、お盆とは「浄土からこの世に帰ってくる祖先の霊を供養すること」ですね。

お盆にはお寺に行くから、すっかり仏教と関わりがあると思ってたけど違ったんですね。

知らなかった。


確かに「お盆」という名称は、仏教の「盂蘭盆経(うらぼんきょう)」というお経由来ではあるらしい。
けど、お盆自体は民間信仰であって、仏教起源の行事ではないんだって。



今、仏教に興味があって、色々調べていたらそんな事実を知りました。


なぜ仏教かと言うと…

人間が苦しみから解放されて本当の意味で幸せになることを真剣に考えると、自然に仏教に行き着くのかもと思ったり。

心理学とか心理療法は、西洋から来ているものがほとんど。
なので、心の平安を得る東洋的な方法も知りたくなったんですね。


それと、興味だけじゃなく、法事や葬儀、戒名やお墓など、仏教(ていうかお寺?)が関わることに関して疑問があるんですよねぇ…。


お釈迦様のおっしゃっていることは素晴らしいですよ。
ただ、今の仏教ビジネスがちょっと…。

「ブッダ 真理のことば 感興のことば」中村元訳(岩波文庫)

 

 


ゴータマ・ブッダだけじゃなく、最近興味が湧いてきた親鸞聖人も、なんか私と話が合いそうなんですよ。(失礼か)
お2人がご健在なら、ぜひとも直接お話を聞きたかった。

喫茶店でコーヒーを飲みながら読書

仏教は、苦の輪廻から解脱することを目指しているんだそうです。

この世の苦しみから抜け出すには、

1.苦しい現状を正しく理解する。
2.苦しみの原因について明確に理解する。
3.苦しみを鎮めるための正しい方法を理解して心の平安を手に入れる。

という流れになっているようです。
付け焼刃の知識なので、間違っていたらすみません。


3番の心の平安は、親鸞聖人の言葉「摂取不捨の利益」でもいいのかな。

「摂取不捨の利益」は、我欲を満たすような一時的な幸せではなく、人間に生まれてよかったと心から喜べる、永続する「幸福」のことだそう。
(仏教系の新興宗教の言葉を借りればですが。私は、この団体とは関りはありません)


確かに、願いが叶っても本当の意味では幸せにはなれないと思う。
その願いはダミーであって心から望むものは別にあると、私もここで何回か書いています。


「摂取不捨の利益」は、悟りとも違うらしい。

仏教が目指すものは、悟り、解脱ではあるけどね。

言葉にはできないと言われてるけど、敢えて言うなら「“生まれてきてよかった”という自分の存在そのものを喜べる幸せ」だそうです。


こんな境地になれたらいいなぁ。

以前から「自分に生まれて良かった」という表現は、私もしてたけどね。


ピンク色の芙蓉の花

ということなので、やはり自己肯定感を上げるとか自信を持つとか、こだわらなくてもいいってことだろうなと思います。



お盆は仏教の行事ではないという話から、ちょっと広がり過ぎてしまった。

仏教の行事ではないにしても、お墓参りはするしおはぎも食べるし、今まで通りのやり方で先祖供養をしますよ。



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自己肯定感を上げる?自分を愛する?自信をつける?それ、気にしなくていいんじゃない?



アドバイスは原則いたしません

 

 

 

 


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