私が美容をずっと続けている理由
私がなぜ、美容業をずっとしているのか
美容の仕事を始めてから、気がつけば長い年月が経ちました。
美容師としての仕事。
エステティックの仕事。
人の肌に触れ、髪に触れ、その方の表情や心の変化に寄り添う仕事。
今振り返ると、私はずっと「人が本来の美しさを取り戻す瞬間」に惹かれてきたのだと思います。
けれど、最初から明確な使命感があったわけではありません。
むしろ、私の美容への入り口は、
自分自身のコンプレックスだったように思います。
美しさへの憧れは、コンプレックスから始まった
若い頃の私は、自分に対してたくさんのコンプレックスを持っていました。
私の父は何かと批判的なことやシニカルなことを口にする人でした。
父が私の外見のことを、いつも悪く言っていたんです。
だから、
もっときれいになりたい。
もっと垢抜けたい。
もっと自信を持ちたい。
そんな思いが、心のどこかにずっとありました。
父も母も美術の教師でした。
家には、「美術全集」があり、小さい頃からそれを見て育ちました。
絵と彫刻が家中にありました。
両親から「美しいもの」の教育をされました。
美しいものを見ると心が動く。
美しく変化していく人を見ると、希望を感じる。
外見が整うことで、表情が変わり、気持ちまで前向きになる。
そのことを、私は自分自身の感覚として知っていました。
ですが、教師の両親は、私がメイクや髪形を気にすることを
「外見ばかり気にしてもだめだ、人は中身だ」と
いつもたしなめていました。
美容は、ただ見た目を飾るものではない。
その人の内側にある自信や勇気にもつながっている。
今ならそう言葉にできますが、当時の私はまだ、その意味をはっきりとはわかっていませんでした。
美大に進んだ私が、パリコレのヘアメイクに憧れた理由
父との確執があり、父から離れたい気持ちでいっぱいでした。
双子の姉が文化服装学院に行くと決まっていたので、同じように東京に行きたかったのです。
受かりそうな大学は美術系しかなく、その流れでなんとなく美大に進みました。
でも、そこで私が強く惹かれたのは、キャンバスの上だけで完結する美しさではありませんでした。
私が憧れたのは、双子の姉が通う文化服装学院で知った「パリコレのヘアメイク」の世界でした。
ファッションショーの舞台裏で、モデルの髪やメイクがつくられていく。
ひとりの人が、まるで別人のように変わっていく。
ヘア、メイク、衣装、光、空気感が一体となって、ひとつの世界観が生まれる。
その世界に、私は強く心を奪われました。
「人を美しくする仕事って、なんてかっこいいんだろう」
そう感じたことが、美容の道へ進む大きなきっかけになりました。
美術の世界で学んだ感性と、人を変化させる美容の力。
そのふたつが、私の中で自然につながったのだと思います。
手が器用だったことも、美容の道への後押しになった
私の家族には、手先が器用な人が多くいました。
母も、祖母も、手を使って何かをすることがとても上手でした。
私自身も、小さい頃から手を使うことが好きでした。
細かい作業も苦にならず、何かをつくったり整えたりすることに、自然と集中できるところがありました。
美容の仕事は、まさに「手」を使う仕事です。
髪に触れる。
肌に触れる。
筋肉や骨格を感じる。
その人の状態を手で読み取り、必要なケアをしていく。
最初は「器用だから向いているかもしれない」という感覚だったかもしれません。
けれど、長く美容に携わるほど、手の役割は単なる技術だけではないと感じるようになりました。
手は、その人の緊張を感じます。
疲れを感じます。
心のこわばりまで、伝わってくることがあります。
そして同時に、手から安心感を届けることもできます。
私にとって手は、技術の道具であると同時に、
人と人をつなぐ大切な感覚器官のようなものです。
双子の姉のように、専門的な職業につきたかった
私には双子の姉がいます。
身近にいる存在だからこそ、比較する気持ちや、刺激を受ける気持ちもあったのだと思います。
私は、姉のように専門的な職業につきたいという思いを持っていました。
誰かの役に立てる専門性。
自分の手に職を持つこと。
自立して生きていける力。
そういうものへの憧れが、私の中には強くありました。
当時の私は、
「自分の力で仕事をしていきたい」
「なるべく早く独立したい」
という思いも持っていました。
誰かに決められた道を歩くよりも、自分で道を切り開いていきたい。
今思えば、その気持ちは若さゆえの勢いでもありましたが、
同時に、私の中にある大切な軸でもありました。
美容の仕事は、努力した分だけ技術が身につきます。
経験した分だけ、お客様への理解が深まります。
そして、自分の名前で仕事をしていくことができます。
そのことが、私にとって大きな魅力でした。
早く独立したかった私が、美容の厳しさを知った
私は、わりと早い段階から独立を意識していました。
自分のサロンを持ちたい。
自分の考える美容を、自分の責任で提供したい。
お客様に本当に良いと思うものを、きちんと届けたい。
そんな思いがありました。
でも実際に美容の世界に入ってみると、憧れだけでは続けられない仕事だということもすぐにわかりました。
美容は華やかに見えます。
きれいな世界に見えます。
けれど実際には、技術の積み重ね、知識の勉強、お客様との信頼関係、体力、精神力、経営力が必要です。
流行も変わります。
商品も変わります。
お客様のお悩みも、年齢や時代によって変化していきます。
ただ「きれいにする」だけでは足りない。
なぜ肌は老化するのか。
なぜたるみが起きるのか。
なぜ心の状態が肌に現れるのか。
なぜ触れられることで人は安心するのか。
知れば知るほど、美容はとても奥深い世界でした。
そして、その奥深さを知るほどに、私はこの仕事から離れられなくなっていきました。
美容は、外見だけを変える仕事ではなかった
長く美容の仕事をしてきて、私が強く感じていることがあります。
それは、美容は外見だけを変える仕事ではないということです。
お肌が整うと、表情が明るくなります。
髪が整うと、姿勢まで少し変わります。
疲れていた方が、施術後にふっと笑顔になることがあります。
「なんだか元気が出ました」
「また明日から頑張れそうです」
「ここに来ると、自分を大事にできる気がします」
そんな言葉をいただくたびに、美容の仕事の本当の意味を教えていただいてきました。
人は、自分のことを丁寧に扱ってもらうと、
「私は大切にされていい存在なんだ」と感じることがあります。
肌に触れること。
髪を整えること。
手をかけること。
それは、単なる外側のケアではなく、
その方の尊厳や自信を取り戻す時間にもなるのです。
この仕事を続けてきたからこそ、私は美容の持つ力を心から信じています。
今は、フランスでは国家資格の医療と福祉のエステティック「ソシオエステティック」も実践しています。
年齢を重ねるほど、美容の意味は深くなる
若い頃は、美容というと
「きれいになること」「流行に合わせること」「見た目を磨くこと」というイメージが強かったかもしれません。
もちろん、それも美容の大切な一面です。
けれど、年齢を重ねるほど、美容の意味は少しずつ変わっていきます。
若さを追いかけるだけではなく、
今の自分を大切にすること。
衰えに抗うだけではなく、
これからの人生を自分らしく整えていくこと。
肌や身体の変化を否定するのではなく、
その変化に寄り添いながら、できることを丁寧に続けていくこと。
美容は、人生の前半だけに必要なものではありません。
むしろ、人生の後半にこそ、美容はその人を支える力になると感じています。
年齢を重ねても、
「まだまだ私は大丈夫」
「私は私らしく美しくいられる」
そう思えることは、大きな希望です。
その希望をお客様と一緒に育てていくことが、今の私にとっての美容の仕事です。
だから生涯現役でいられます。
私が美容業をずっと続けている理由
私がなぜ、美容業をずっとしているのか。
それは、美容が単なる仕事ではなく、
私自身の人生と深く結びついているからです。
コンプレックスから始まった美しさへの憧れ。
パリコレのヘアメイクに心を奪われた若い頃の気持ち。
手が器用だったこと。
専門的な職業につき、自分の力で独立したいと思ったこと。
そして、美容の奥深さを知り、人に触れる仕事の尊さを知ったこと。
そのすべてが、今の私につながっています。
美容は、学べば学ぶほど終わりがありません。
肌のこと。
身体のこと。
心のこと。
老化のこと。
触れること。
生きること。
お客様お一人おひとりと向き合うたびに、まだまだ学ぶことがあると感じます。
だからこそ、私はこの仕事を一生の仕事だと思っています。
美容は、人をきれいにする仕事です。
でもそれ以上に、人が自分らしく生きる力を取り戻す仕事でもあります。
私にとって美容とは、
人の人生にそっと光を灯す仕事です。
これからも私は、この手を使って、
目の前の方が少しでも安心し、少しでも自分を好きになり、少しでも前を向けるような美容を届けていきたいと思っています。
それが、私が美容業をずっと続けている理由です。
本日もお読みいただきありがとうございました。




