今回は今まで示した補題を用いて1つの主張を示します。まず2つ用語を定義します。
定義(帰納的、直前の元)
順序集合Aについて下の条件が成立するときAは帰納的であるという。
・WをAの全順序部分集合とする。このときsupWが存在しsupW∈Aを満たす。
Aを順序集合とする。a,b∈Aを任意の2元とする。
a,bが下の2条件を満たすならばaはAにおいてbの直前の元であるという。
・a
・a
さて今日のメインテーマである補題6を紹介しておきます。
補題6
Aを帰納的な順序集合とする。fをAからAへの写像で任意の元x∈Aについてf(x)≧xが成立するとする。
このときf(x)=xを満たす元x∈Aが存在する。
(証明)
元y∈Aを1つ固定する。Aの順序部分集合Wで下の4条件を満たすとする。
①Wは整列集合である。
②minW=yが成立する。
③Wの元xが直前の元x*が存在するならばf(x*)=xが成立する。
④yでない元x∈Wが存在したとする。xがWの中に直前の元を持たなければsupW
上の4つの条件を満たすAの部分集合全体の集合をBとする。
{y}∈Bであることが次のように示されるのでBは空でない。
{y}は明らかに全順序集合でありmin{y}=yが成立する。よって①,②を満たす。
また③,④を満たすような元は存在しないので考えなくて良い。よって{y}∈Bである。
∪(W∈B)W=Zとする。このときZが①〜④の条件を満たすことを示す。
①W,W*∈Bを任意の2元とする。このとき一方が他方の切片になることを示す。
W,W*はともに整列集合であるから一方が他方の切片と順序同型であるかW~W*が成立する。
まず一方が他方の切片になるときを考える。
ここではWがW*の切片と順序同型になる、すなわちある元b*∈W*が存在してW~W*になるとしても一般性は失われない。
WからW*への順序同型をgとする。
このとき任意の元x∈Wについてf(x)=xが成立することを超限帰納法により示す。
(i)x=yのとき
y=minW=minW*=minW*であるからg(y)=yは明らかである。
(ii)y
x
(イ)zがWの中に直前の元を持つとき
それをz*∈Wとする。z*
またzのWでの直前の元はz*であることとgが順序同型であることよりg(z)のW*での直前の元はg(z*)であることがわかる。
よってg(z)=f(g(z*))=f(z*)=zとなる。
(ロ)zがWの中に直前の元を持たないとき
gは順序同型であることよりg(z)もW*の中に直前の元を持たない。つまりW*の中にも直前の元を持たない。
W*∈Bであるからg(z)=supW*
x
W∈BであるからsupW
以上よりg(z)=zが成立する。
よって超限帰納法により全ての元x∈Wについてg(x)=xが成立する。
gは順序同型であったからW=W*となる。よってWはW*の切片と一致する。
W~W*のときも全く同様にW=W*が成立することがわかる。
以上よりBの任意の2元は一致するか一方が他方の切片となる。
これと系1よりZは整列集合であることがわかる。
②x∈Zを任意の元とする。x∈Xを満たす元X∈Bが存在する。
Xは条件を満たしxはその元であるからy≦xが成立する。またy∈Zである。
x∈Zは任意の元でy∈ZよりminZ=yである。
③ある元X∈BがX=Zだとする。Xは条件③を満たすのでZも条件③を満たす。
任意の元Xに対してある元a_Xが存在してX=Z
x∈ZがZの中に直前の元x*を持つと仮定する。f(x*)=xが成立することを示したい。
x∈Zよりある元X∈Bが存在してx∈Xを満たす。
このときx*はXにおいてもxの直前の元であることを示す。
まずx*
x*
このときX⊆Zであるからa∈Zとなるがこれはx*がZにおけるxの直前の元であることに矛盾する。
したがってxはXにおいてもxの直前の元である。Xは条件③を満たすのでf(x*)=xである。
④ある元X∈BがX=Zだとする。Xは条件④を満たすのでZも条件④を満たす。
任意の元Xに対してある元a_Xが存在してX=Z
x∈ZがZの中に直前の元を持たないと仮定する。
x∈Xを満たす元X∈Bが存在する。このときxはXにおいて直前の元を持たないことを示す。
xがXにおいて直前の元x*を持つと仮定する。すると下の2条件が成立する。
①x*
②x*
ここでx*はWにおいてはxの直前の元ではないからx*
a
これは条件②に反する。したがってx*はXにおいて直前の元を持たない。
よってx=supW
以上よりZは条件①〜④を満たす。
ここでBに包含関係を入れるとこれは順序関係になる。
Zはこの順序関係において最大元となる。…(※)
Zは整列集合であるから順序集合でもある。Aは帰納的であるからsupZ=aが存在する。
このときa∈Zが成立することを示す。
aがZの元でないとする。Z∪{a}≠Zである。実はZ∪{a}∈Bすなわち①〜④を満たすであることを示す。
①と②Z∪{a}は明らかに全順序集合である。
実際、x,z∈Z∪{a}を任意の元だとするとx,z∈Zであるらばx≦zまたはz≦xが成立し、x∈Zかつz=aのときx
またy=minZ=min(Z∪{a})である。
ここでaがZのなかに直前の元を持たないことを示す。
aがZ∪{a}のなかに直前の元bを持つとする。
(イ)b
(ロ)b
任意の元x∈Wについてx
またb∈Z∪{a}でb
b=maxZ=supZ=aとなり矛盾。よってaはZのなかに直前の元を持たない。
③x∈Zのときのみを考えたら良いがZは条件③を満たす。
④y≠x∈Z∪{a}がZ∪{a}の中に直前の元x*を持たないときx=sup(Z∪{a})
(イ)x∈Zのとき
Z∈Bが成立するのでx=supZ
(ロ)x=aのとき
sup(Z∪{a})=aは明らかである。
よってZ∪{a}∈Bであるがこれは(※)に矛盾する。したがってa∈Zである。
このときa=f(a)が成立することを示す。
f(a)≠aだとする。f(a)>aよりf(a)はZの元ではない。
Z∪{f(a)}が上の条件①〜④を満たすことを示す。
①と②とを満たすことは明らかである。
ここでf(a)がZ∪{f(a)}のなかに直前の元を持ち、それはaであることを示す。
a
a
a
したがってf(a)はZ∪{f(a)}の中に直前の元を持ちそれはaである。
③x∈Z∪{f(a)}がこの中に直前の元x*を持つならばx=f(x*)となることを示せば良い。
(イ)x=f(a)のときx*=aだからx=f(x*)は明らかに成立する。
(ロ)x∈ZのときZは条件③を満たすのでx=f(x*)は明らかに成立する。
④x∈Z∪{f(a)}がこの中に直前の元を持たないならばx=sup(Z∪{f(a)}
x∈Zのときのみを考えたら良いがZは条件④をみたすのでこれは明らかに成立する。
以上よりZ∪{f(a)}∈Bとなるがこれは(※)に矛盾する。
よってf(a)=aとなる。(証明終)
非常に長いですがこの補題の証明が終わりました。次回は「選択公理」からある補題(補題7)を導きます。
さらに補題6と補題7を用いて漸く「ツォルンの補題」を証明することができます。
では、源義経に感謝。
参考文献
・『集合・位相入門』、松坂和夫