伊藤雋吉(いとうとしよし) 私の鎌倉 伊藤倫邦(いとうみちくに)主なプロフィール 先祖:曾祖父 | 私の鎌倉 伊藤倫邦のブログ

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私の鎌倉~出会いを大切に~ 伊藤倫邦(いとうみちくに) 鎌倉 今泉
私たちの住む鎌倉は、歴史が古く、どの地域にも貴重な遺産が残されています。
地域の歴史を学び、貴重な遺産を保存継承して行きたいと思います。


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伊藤雋吉(いとうとしよし) 私の鎌倉 伊藤倫邦(いとうみちくに)主なプロフィール 先祖:曾祖父

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 天保11年(1840)、田辺藩手代町(現・舞鶴市宮津口)で生まれ育ち、大村益次郎門下から明治2年(1869)海軍に入り、「第一丁卯丸」の測量主任として活躍。その成果により日本初の海図が同5年(1872)に作成されました。
 同8年(1875)年11月から翌年4月にかけて、海軍が行ったはじめての遠洋航海の艦長として、練習艦「筑波」の指揮をとり太平洋を横断。帰路ハワイに寄港し、カラカウア王に謁見するなど親善に努めたことから、その後の日本とハワイ間の移民渡航条約が締結され、日本人の海外移民が始まっています。また、書が巧みで、海軍軍艦の艦名文字「ひらがな」は、伊藤雋吉の筆によるものです。


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伊藤雋吉ゆかりの品 
鎮西艦長から贈られた大砲の置物。
提供:伊藤雋吉顕彰会
(舞鶴市HPより一部抜粋掲載)

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