反政府運動を抑えるには

途上国では頻繁に起こる反政府運動・・・それは、時として暴動から内戦へと拡大する。


しかし、そういうことが先進国では起こらない。きっと、先進国の人たちは、そういう状況に満足し優越感に浸っているだろう。


では、何故、先進国では暴動が起きないのか。


共にそこで生きているのは同じ人間である。途上国と先進国の一番の違いは、教育レベルである。教育レベルが低いと暴動が起き易い事になる。つまり、国民に高度な教育をすればするほど、国家運営いや、国民の支配はより簡単になるのではないだろうか?


暴動から内戦が起き、それを武力で鎮圧する。これが一般的な方法であるが、それは次なる暴動の火種を残すことになる。力で押さえ込む事は可能であるが、その力が絶えず必要になるのだ。しかも、力は年々増強しなければ暴動に対するパワーを押さえ込むことが出来ない。


従って、圧制というものは常に崩壊させられてきたのである。戦力を維持するのには、膨大な時間と莫大な資金が必要である事は言うまでもない。


教育を施すことによって一体何が生まれるのであろう。それは、優劣である。出来る人間と出来ない人間に自然と分かれるのだ。言い換えれば、国民を階層構造の中に押し込むことが出来るのである。


暴動の源とは平等である。国民が皆等しく不利益を受けるからこそ、それが一つのパワーとなり集約され力を発揮するのだ。しかし、優劣を持たせることによって、国民の不利益は等しくなくなる。


ある程度の国民は、教育の恩恵を受け豊かになる。年収で言えば1億円から10万円まで位の階層が出来上がるのである。恩恵を受けたものは、自ずと政府に加担する。武力ではなく意思によって暴動を鎮圧することが出来るのである。


これぞ、最高の国家統治システムである。国家が教育を施すというのは、そういう意味であることを国民は知らなければならない。


今や、国家が教育を施す事は、太陽が東から出るのと同じように自然の事として国民は思っている。もっと、教育水準を上げろと叫ぶ国民も多い。しかし、それは自らが国の奴隷として位置していることを示すことになるのである。


先進国は、悲惨な奴隷制度の中で存在している。奴隷の身分にあることを感じさせない奴隷制度。ほぼ完全犯罪といっても過言ではないだろう。


しかし、それは飽くまでバーチャルな世界である。現実からの離脱を教育という洗脳がなし得る恐ろしい世界である。だから、人々はいつまでも幸福になれないのだ。幻想の中で掴む幸福というものは幻でしかない。絵に書いた餅をいくら食べてもお腹は一杯にならないのである。


目覚めよ人間・・・・我等は、夢を見るサルである。偉くもないし、賢くもない。だけど、サルたちと同様に素晴らしい生き物である。決して洋服を着た神ではないのだ・・・・