昨晩11時のNHKにっぽん夏紀行「ふたりでゴールへ」は、65歳と56歳の夫婦が北海道・サロマ湖100kmマラソンに挑む姿を追っていた。

http://www.nhk.or.jp/omoban/k/0729_4.html
昨年はリタイアした夫と14年連続走破の妻とは、今年が夫婦揃ってゴールできるラストチャンスと、二人並んでのゴールを目指した。

熟練ランナーの妻は、夫に並走し、夫を気遣う。走りながらも夫の心に寄り添い、行ったり来たり世話を焼く。
この妻は後妻である。前妻に先立たれ気落ちしていた夫は、この人に出会い、
立ち直っていった。
前妻が亡くなったとき、夫は涙が止まらず、駅で泣き続けたと話していた。
その話を聞いたとき、9年前の私を思い出した。
忘れかけていたが、妻が死んだとき、不覚にも泣いたことを。
いつの頃からか、私は泣かない人間になっていた。感動の涙はよく滲むが、悲しいとか悔しいとかで泣いた記憶があまりない。両親が死んだときも泣かなかった。
私は悲しみの涙に蓋をしてしまう癖がある。心に欠陥があるのではと、私自身思うことがあるほどだ。
だが、妻が死んだときばかりは、人前でも、とめどなく涙が溢れでたのだった。
そのせいかも知れない。いつのまにか私は妻のことを思い出さなくなっていた。私の妻に対する思いの多くは涙とともに流れ出てしまったのかもしれない。
死んだ翌日の夜だった。
夢に妻が出てきて、私に笑顔を向け、いいところに来てるよ、と言った。だからもう悲しまないで、と言っているようだった。その声は今も蘇る。
妻は本当に私を愛してくれた。自分のことよりもいつも私のことを一番にしてくれた。
そんな妻を私は一度も恋しく思ったことがなかった、と話したら、いやあなたが今も一番愛しているのは奥さんだ、と言った人がいる。私がまだ憔悴しきっていた頃だった。