近藤勇・流山前後01 | 大山格のブログ

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おもに歴史について綴っていきます。
実証を重んじます。妄想で歴史を論じようとする人はサヨウナラ。

 慶応四年四月三日、下総國流山で近藤勇と土方歳三が永遠の別離を迎える一幕がありました。ドラマや小説では重要な一場面としてとりあげられています。ところが、そこに至るまでの経緯と、刑場の露と消えた近藤が京都三条河原に梟首されるまでを、維新史全般にまで視野を広げて見ておられる歴史ファンは少ないようです。そこで基礎史料の『復古記』を中心に、当時の社会情勢を織り込みながら、流山の一件が及ぼした影響の大きさをも考えていこうと思います。

 まずは2月に徳川慶喜が江戸城を出て寛永寺大慈院に入り、自らに謹慎を課したところから説き起こしていきます。そして、近藤の首が京都に届けられたところで終えようと思います。

 以前このブログで連載した「近藤勇を降す」というシリーズと内容は重複しますけれど、今回は解説にも力を注ぎ、初学者にもわかりやすくしていきます。それに伴って、文体も「ですます」調で綴っていくことにしました。

 きょうは、とりあえずの御挨拶のみです。あるいは不定期連載になるかもしれませんが、気長におつきあいいただければ幸いです。



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