「経済セミナー」2009年8・9月号 1200円。p.6~21.”鼎談 当事者主権で変る社会”上野千鶴子、中西正司、松井彰彦。
この鼎談で上野教授の
「3万人という子どもが児童養護施設にいるにも かかわらず、里親家庭の子どもが増えないのは、里親志望者が増えないからですか」という問いに対して、
松井教授は
「いいえ、里親志望者とのマッチング自体がふえないのです」と答えています。「親権者が了承しない限り 里親とのマッチングはおこなわれないという制度自体に問題があるのです。」

★東京では里親の数が充分あるのかも 知れない。しかし この雑誌の編集後記に 編集者Mさんは 正直に書いている:
「このテーマを特集に入れることが決まってから、友人などに里親制度をどう思うか聞いてみました。多くの意見は、「自分は里親になれない」でした。自分の子どもはかわいいけれど、他人の子どもを かわいがる自信はない、だから育てられるとは思わない、と。
里親の普及には 時間がかかりそうだと感じた出来事でした。」

◎同じ雑誌に松井彰彦教授は”「ふつう」の人の国の福祉制度とスティグマ”という記事も 書いている。p.22~27。
その記事の「結び」に次のように 書かれている:

それでも、障害者による当事者運動などによって昔よりは二つの制度の溝は少なくなりつつある。
(二つの制度というのは 「ふつう」の人向けには保守主義的に、「ふつう」でない人向けには 自由主義的に、と二つの側面を 日本の福祉制度は持つ、ということです)
それに対し、虐待や育児放棄などさまざまな理由で乳児院や児童養護施設に入れられた子供たちは、当事者運動を展開すべき術もなければ、かれらの代わりに声を上げてくれる親もいない。
 少子化か叫ぱれ、子供の数を増やすにはどうすればいいかなどと悩む前に、今 現にそこにいて、二重の制度のために苦しんでいる人々や子供たちにしっかりとした手を差し仲べると同時に、より長期的には「ふつう」の人のための制度と「ふつう」から外れた人のための制度ではなく、万人を包み込むシームレスな制度を構築することこそ、経済の老衰化を止めるために必要なことではないだろうか。これは、福祉ではなく、未来への投資であり、その目的に向けて経済学ができること、すべきことは数多ある。そして、そのための努力は、「ふつう」から外れた人々にとってだけではなく、「ふつう」の人であり続けようとするために自分を見失った人々の魂にも安らぎを与えることになるに違いない。

参考文献のうち日本語のもの:
         
中西正司(2008)「当事者主権の福祉戦略」「季刊福祉労働」120,57-66.
渡辺雅男(2004)「福祉資本主義の危機と家族主義の未来」「季刊経済理論』41(2),3-14.