以前お知らせした不動坂脇の喜多見不動堂、お正月にお参りに来る人が案外多かったらしく、元旦はフェンスが閉まっている前に5-10人の人だかりがあり、わけがわからないので口々に文句を言ったり、持ってきたお札をフェンスのすき間から突っ込んでいる人もいたちょっとした混乱になっていました。
人間、説明がない変化については怒りが先に立つものです。
自分はブログには書いているのですが、SNSはキーワードで探しに来る人にしか情報を伝えられないのが最大の欠点。こういうのは貼り紙がいちばん。
早速 入っているNPO「農とみどり」の幹部が、所有者である慶元寺の住職と親しいことを思い出し、LINEで伝えたら翌日には貼り紙が登場。
とても穏やかな、心のこもった文章で、それから立ち寄る人々は、読んて、納得して引き返していかれましたが(高齢のご夫婦、中高生くらいのお子さん連れご家族、幼児連れの自転車パパさんなど)、みなさんどこからいらしているだろう?掲示物の難点は、その場に来るまでわからないことです。
このお不動さんは明治時代からあり、お堂じたいは昭和の建築で歴史的建造物の価値はないそうですが、入り口には昔は修業に使われたという小さな滝が涼しい水音を立て、お堂まで上がる石段は近隣の運動部学生や子どもたちが駆け上がったりして青春していました。区が土地を買い上げ、緑と石段は残すと聞きましたが、せめてお堂を解体したら、あずまやくらいほしいですね。
何より、脇の坂は地域の人に「不動坂」と呼ばれて久しい。寺社関係はずっと残るものだと思い込んでいました。
いずれ「なぜここが不動坂なのか」由来がわからなくなるのかと思うと寂しいですね。
