氣とひかりの写心

氣とひかりの写心

森羅万象、全ての命、全ての事象にはエネルギー(氣)が満ち溢れている。そして、ひかりが全てを創っている。その氣とひかりを感じ自分の心で視る。
結局、自分の内なる世界を感じて撮っています。それが写心。
氣光写心家「まる」が綴る氣とひかり世界


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「空を見上げると何が見えるか分かるかい?」


『いや、空の景色や、他の天体なのではないですか?』


「あなたは、自分の過去を見ているのだよ!」

 

『なんですって???』

 

 

 

「空の星を見上げる時、その星は何百光年、何千光年、

 

何百万光年も昔の星だ。

 

今見ている星は、現在ある星ではない。

 

昔の星なんだよ。過去を見ているのだよ。

 

その過去の世界に、あなたがたは参加していた。

 

あなたがたはそこにいて、行動し、経験していた」
 

 

『!!!!!!!!』

 

 

 

 

全て経験した事を思い出すには空を見上げれば良い。

辛い時、悲しい思いをしたとき、人は空を見上げる。

 



そこに希望のひかりを求めて。

 

 

空を見上げると、過去の自分が見える。過去の自分の経験が見える。

 

 

だから人は空を見上げると、なぜか懐かしさを憶えて、

 

時にはそこに還りたいと願うのかも知れない。

 

  

また、人は無意識にそういう思いで空の写真を撮っているのかも知れない。

 

 

 

 

 

だから、人が撮った空の写真などを見て心を動かされた時には、 

 

 

何か自分との関連があったと言う思いになるのだろうと思う。

 

 

何故その様に思うかは、その時には、はっきりとは分からない事が多い。

 

 

僕の場合には、行った場所や、写真で見た風景などで

 

 

「昔、自分はここに居た」とか、

 

 

「この人を何故か知っている」とか、

 

 

「あ、これは自分へのメッセージかも」と感じる事が多い。

 

 

いわゆる、既視感、デジャヴの感覚。

 

 

最初にそれを感じた時は、全く意味が分からなかった。

 

イタリア、ローマにある古代ローマの遺跡、フォロ・ロマーノに行った事がある、その時、自分がそこに居て生活していたという想いが強く湧いてきて、呆然としたことがある。



とても強い既視感だった。

 

 

今から30年以上も前のことだ。

 

 

 

その後、過去世リーディングを受けた時、言われた第一声が、

 

「あなたは、古代ローマの建築家でした。

 

建築家になる前は画学生で、師匠となる人に氣に入られて

 

建築工房で働いていました。

 

師匠が注文を取ってきて、あなたが建築図面を書いたり、

 

指図して建物を完成させていました。

 

師匠があなたを呼ぶ名前も分かりますよ」

そう言われた時に、全てが結びついたような氣がした。



僕は、何故か建物が好きで、特にスペインのアントニオ・

 

ガウディの建築が大好きだったけど、実は古代ローマ時代

 

の建築も大好きだったのだ。

 

しかも、当時、建築関連の仕事をしていたのです。

 

 

ずっと後になって、そう言う事かと、氣付く事が多々あり、

 

これもそのうちの一つで最初の出来事だった。

 

 

 

それからは、タイミング良く、人生の節目節目で

 

 

ある道筋を示すかのように、その過去世からのサインが

 

 

現れる事が良くあった。

 

 

 

人は皆、テーマを持って今生を生きていると感じる。

 

 

それがはっきりしないと、人生は生きにくくなる。

 

 

闇雲に進むと、まさに文字通り人生は闇だと思う時もある。

 

 

 僕自身は、色々な物事がそのテーマを指し示してくれて、

 

 

それに委ねると道が開ける事が多いと感じている。

 

 

 

「神との対話」と言う本の中で著者のニールさんが、

「この年にもなって自分の進むべき道が分からないのです」

と嘆くシーンがある。

 

神が応える

「だからわたしが、こうしてあなたの前に来ているのだよ」

 

このシーンは凄く好きで、読むたびにジーンとなるのです。

 

 

 

本当は人生の中において、もっともっと色々なサインがあるのだろうと想う。

 

それは、神からのサインだと感じる事もある。


だが、心が他の事で一杯だと、それは感じにくい。

 

 

無心に没頭している時に、それは感じ取れるのだろう。

 

 

 

日々撮っている写真の中にも、様々なサインを感じる時がある。

 

 

その為に、ひかりの写心を撮っているのだと、最近、強く感じる。

 

 

ひかりの写心を撮るきっかけとなった写心

 

 

 

 

最近、過去世のいろんな事を思い出すことが多くなった。


それは、

「ほら早く思い出しなさい」

 

と言われている様な感じだ。


だから、最近はあまり考えずに、全て委ねて行こうと想っている。

 

 

 

過去、この町に居たと強く感じた。

 

ここである人と出逢い、僕たちはこの古い町から出て行った。

 

未来への希望を胸に。

 

 

 

過去を知れば、未来の可能性がもっと良く分かると言う。

 

 

そして希望はあなたの最も高い欲求の言明だとも言う。

 

 

それは最も偉大な夢の宣言だ。

 

 

そして、希望は神聖化された思考なのだ。

 

 

希望は信じることへの入り口であり、信じることは

 

 

知ることへの入り口である。

 

 

読んで頂き、本当にありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

 


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6年ぶりにブログを再開しました。

と言っても誰も氣付かないだろうし、氣にも留められないだろうけどね (笑)



この6年間色々な事があり過ぎて、本当に何を書いたらよいのか

迷っていたのだが、やっとここに来て書きたいと思うことがあり、

また再開しようと言う氣になったのです。

 

 

その理由は三つあって、一つには自分が撮って来た写心を、

映像表現の一つとして「身にまとう」布地に印刷してみたいと

思っていたのがやっと形になった事。



自分が思った以上に良い感じに出来上がったので

「ひかりのスカーフ」と名付けたら

なんだか自分的にしっくり来たのです。

 

 

 

 

透過性のある布地に印刷した「ひかりのスカーフ」

 

 

 

このスカーフについて書く事が「氣とひかりの写心」とは何かに

とっても関連していると思ったのです。

 

 

 

 

二つ目の理由は、あるSNSで見かけた方の写真に強く惹かれた事。
 


その方の自宅から見た空の写真がメインで、

たまに海岸で撮ったりした何気ない写真なのだけど、

 

その繊細な色合いと写真から伝わって来る、空やいのちへの愛情

と言うものに強く心を動かされ惹かれたのです。

 

その方の写真は、まだ掲載許可を得てないので、その方の作った
キャンドルを載せます。
下に敷いているのは『ひかりのスカーフ」

 

 

 

実は、自分が天空の写心を撮っているからかも知れないけど、

全く知らない人でもその人が撮った空の写真を見ると

 

「あ、この人は自分と何か色々と繋がりがあるかも」と

感じてしまう事が良くある。

意外に皆さんもそう感じる事はあると思う。



そして、その感覚はほぼ間違いがない。



今、魂の友と思っている人たちとは、空の写真を見て

実際に会い、心で繋がっている人たちが多い。

 

何故か殆どが京都や西日本の人たちなのだけど、、。

 


そのSNSの方の写真の繊細な色合いが凄く氣に入って、

自分が撮って来た写心よりもずっと写心らしいと感じてしまった。(笑)

 

 

 

その時に、また改めて「氣とひかり」について、自分の写心、

そして心や宇宙についてについて色々考え直したいと思った。
 


綺麗な写真を撮る人たちはとっても沢山いるし、

感動的な写真を撮る人も沢山入る。

 

 

でも、この同じ空をかつて一緒に見たことがあると感じる人は、あまりいない。

 


(※これは写真の良し悪しを入っているのではなく、僕の心が動くかどうかと言う事であり、批判ではないのでそれは分かってね♫)
 



そもそも僕が心の中で写真の師匠だと思っている方、

もう故人ですが、その方に僕の夕焼けの写真を

見て頂いた時の第一声が、

 

「ここに行きたいという氣持ちは良く顕れている」
でした。


僕にとっては素晴らしい感想でした!

 

 


その時の写真。大昔のものです(笑)

 

 

 

写真の技術的なことや、構図がどうとか、もっとこうしたらとか一切言わずに、

 

こういわれた瞬間に心の中で「師匠!」と呼んでいましたよ(笑)

 

 

つまり、心と言うものが写真を撮る時に凄く大事だと言う事を、

プロの写真家も感じていると言う事に感激したのだ。

 

 

僕が「氣やエネルギーを撮るのを目指しているのです」と応えたら、



「氣を撮るのは当たり前。写真家は氣を感じてそれを撮る。

 

記録や記念としての写真、記憶としての写真を撮るのはカメラマン」

 

と言われました。

(これも批判ではなく、その方の個人的な感想なのでご了承下さい)



僕が自分が撮ったものを写心と言おうと思ったのは、まだこの後ですが、それでもこの言葉が心に残っていたのは事実です。

 

 

本当に素晴らしい写真家でした。


また、改めてご紹介する時もあると思います。

 

自分が光の世界に行った時には、また写真談義をするのがとっても楽しみなのです(笑)

 

 

その写真家の方の言う「氣」と僕の言う「氣」が、全く同じかどうかは別として、

 

その写真から感じる何かが、心を動かす、
もしくは心を動かしたものを撮る、と言う事は良く分かる。

 


その感じる何か、心を動かすもの、分からないものを考え、伝える為のブログなのです。

 

実は(笑)

 

 

それと最近また読み直している本に書いてあった事、
(かなり要約すると)

「空を見上げると何が見えるか分かるかい?」

 


『いや、空の景色や、他の天体なのではないですか?』

 


「実は、あなたは、自分の過去を見ているのだよ!」

 

 

それって一体どういうことなのかな?!

だから空を見ると懐かしくなるのかな?!


詳しく書きだすと長くなりますので、また後日にします。

 


 

 

こんな写真を撮っていました。昔は(笑)




こちらは2018年10月2日の空

 

もうだめだと諦める必要は無い!

 

ものの見方を変え、思考を変えれば出来事は変わる!

 

思考は祈りになり、それは天(=自神)に通じる!

 

純粋な祈りが出来るかどうか。

 

全ての人、ものにひかりは宿る♡

 

 


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刻々と色が変わる夕焼けを見ていると、

はるか遠い昔を思い出す。

懐かしく、感謝に満ちた思いが溢れてくる。

かつて僕はそこに居たのだろう。



それは、はるか前世の記憶なのか、

それとも宇宙意識なのかは分からないけれど、

今、僕はここにいて、懐かしい記憶を感じ、

あなたが存在していることに深い感謝を捧げる。


氣光写真館



氣光写真館



氣光写真館



氣光写真館



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氣光写真館-満月

本日(もう昨日ですが)の午後5時ごろの満月です。
コンパクトデジカメで撮りました。
こんなに綺麗に撮れたのは初めてなので、つい嬉しくてアップしました。


綺麗な黄金色です。財布にお金が沢山溜まる様にお願いしました。


上の満月の写真の少し前に撮ったのが、こちらの写真です。


氣光写真館


薄墨色で仄かに朱が差した、富士山。

季節ごと、時間ごとに姿を変える富士山は何時見ても飽きません。

本当に富士山が好きなんだなあと自分でも思います。

それではまた。









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氣光写真館


今まで撮りためた写真に、知り合いのピアニストの吉野奏美さんの音楽「エンジェルハート」を(許可を頂き)組み合わせてみました。

また、これも知り合いの、Roses Tiaraさんのアメブロのブログに載せて頂いたおかげで、少しずつ皆さんに見て聞いて頂いています。

本当に皆さんありがとうございます。

You Tubeで公開していますので、皆さん、もしお時間があればご覧ください。

「氣光写真館 エンジェルハート」です。

http://www.youtube.com/watch?v=zJCcJHJj49Q




その画像の中で、一番気に入っているのが、これです。


氣光写真館

オーラソーマでは、この色の組み合わせは「大天使ミカエル」の色と同じだそうです。

この写真は、横浜金沢区にある富岡八幡宮の傍で撮ったものです。氣光写真を撮るきっかけにもなった一枚です。

あまりにも美しい夕焼けの雲でした。

八幡様と言えば神様中の神様で、非常に霊験あらたかな神様です。何となく「大天使ミカエル」と同じような感じがします。(違ったらゴメンナサイ)


この写真が撮れたのも、なんだか偶然ではないような気がします。




氣光写真館

この写真も、気に入っている写真の一つです。

重なり合った雲に夕陽が反射して、まるでオーロラのような輝きを見せた瞬間です。

こんな雲は、めったに見られません、と言うか今まで見たことがありません。

感動しました。

震災後、シュンと肩を落としている日本を励ますかのように出現しました。

それはそれは素晴らしい色と輝きでした。


大自然は私達に恵みのエネルギーを降り注いでいます。

そのエネルギーを全身に受けて、皆で元気を出して頑張りましょう!

まだまだ日本は大丈夫です。

それでは皆さん、風邪をひかないように注意してお休みください。