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2010南アフリカW杯準々決勝 ブラジルvsオランダ゙ 西村主審評:5


■主審:西村雄一(JPN)

  採点:5


 W杯を経験したレフェリーの講演会があると知り、迷わずJFAハウスに足を運んだ。

 78歳を迎えた丸山義行氏、現役である岡田正義氏、J1担当主審を育成する上川徹氏の三人。第一線から退いた高田氏(‘空気を読める男’という本のタイトルを私は納得していない)は欠席だったものの、それぞれがW杯の舞台を語っていた。

 そんな先人たちも成し遂げられなかった偉業。W杯のグループリーグで3試合吹くということをチーム西村は成し遂げた。これは今大会で岡田監督率いる日本代表がグループリーグを突破したことと同じくらい評価できることだ。

 しかし、チーム西村はそこで足を止めなかった。なんと、準々決勝、さらにアルゼンチン対ドイツ以上のビックマッチ、ブラジル対オランダを任されたのだ。

 この両チームがぶつかるとなると、簡単な試合にはならない。歴史を振り返っても、全てが激闘だった。それを知ってか互いにハイテンションな試合となる。


 1分、クロスに反応したファンペルシへのチャージは正当なチャージということでノーファウル。直後、クサビに対して後ろから押したということでオランダのファウルをとる。注意も与え、ファウルを受け入れさせ、かつ意識もさせる。

 2分、ロッベンをひっかけてファウル。エキサイトする選手たちに注意を与える。

 ファウルが起こる度に、選手たちが審判にではなく、相手に対してエキサイトする。非常に難しい試合になりそうな予感が垣間見えた。

 3分にも遅れてチャージしたブラジルのファウルをとる。このように細かくファウルをとり、選手たちを安心させる。試合の展開を考えると、細かくファウルをとるというのは今日の試合ではベストなコントロールだ。

 14分、抜けようとした所をボールのない所でひっかけたヘイティンガに警告。詰め寄ってくるヘイティンガを左手で制し、別のオランダ人選手には説明をする。その選手がヘイティンガを抑えたように巧みなマンマネジメントだ。

 15分、ロッベンへのファウルをとり、ブラジル選手がその後ボールを蹴ると、厳しい表情でマネジメントする。すると、選手が‘聞こえなかった’と謝罪する。この辺りのマンマネジメントも非常に巧い。こういった立ち上がりのマンマネジメントが活きたのか、その後、試合は落ち着く。23分には異議を唱える選手にジェスチャーを交えて、‘私が見ている’と説明し、選手の不安を打ち消していく。また、アドバンテージも多く採用し、わかりやすくレフェリングしていく。

 ただ、32分のカカへのトリップはファウルをとっても良かったかもしれない。

 37分、ロッベンへの繰り返しのファウルでバストスに警告。バストスも納得していたように妥当な判定だ。逆に、38分のマイコンのファウルは本人は納得いかなかったようだが、確実にファウルといえる。47分にはシミュレーションでファンデルビールに警告。本人も納得し、ブラジルが拍手したように、まさに選手に受け入れられた判定だった。


 シビアな試合ということもあり、選手たちが判定に対しプレッシャーをかけてくるが、まったくブレない。

 50分、ロッベンへのファウルに対して、オランダ選手がカードだと異議を唱えるが、寄せ付けない。ビックプレーヤーにも動じず対応する。審判としては当たり前だが、日本人がそのようなポスチャーがとれるということは一昔前なら考えられない。これから審判を目指す若手に勇気を与えるシーンだった。

 64分、カウンターに向かったロビーニョのドリブル突破を引っ張ってとめたデヨングに警告。69分にはFKのポイントが10m近く違かったため、71分にもオランダのスローインの位置が違かったためやり直しさせる。


 その際、ブラジル選手に時計は止まっていると教える。


そんな西村を見て、今季開幕前の会話を思い出した。


「天皇杯で小笠原が西村さんに時計のこと言ってきましたよね?これ止まってないんじゃない?みたいな感じで。」


「よくみてましたね。小笠原さんが「止まってなくない」っておっしゃられたので、「こっちが動いていて、こっちを止めてるよ」と伝えました。選手はなにを不安に思うか。小笠原さんは、あの時、時計に対して不安を持ったわけですよね。だから、僕はそれを打ち消さなければいけないと思って説明したのです。」


選手の不安を打ち消すということは西村が重視しているものでもある。そんなレフェリングがこの試合で活きていた。

 迎えた73分。

 ファウルをされたロッベンが痛む。なにが起こったか一瞬わからなかったが、西村はすぐに争点に向かい、フェリペメロにレッドカードを提示する。なんとフェリペメロがロッベンを踏みつけていたのだ。妥当な判定、かつ素早い対応。非常に勇気を持った判定といえる。


 ここからブラジルが慌てはじめ、機能しなくなる。今大会、何試合かブラジルを取材したが、ここまでブラジルが追い込まれる試合はなかった。Livedoorにも寄稿したように

【倒すための策略はあるか】

http://news.livedoor.com/article/detail/4843730/

という高みにあるチームだった。

 ブラジル勝利の流れのなかで、事故のようなオウンゴールで同点に追いつかれ、さらに逆転を喫し、退場者まで出してしまう。典型的な自滅のパターンだ。逆にオランダはそんなブラジルに対して勢いにのる。ブラジルはなぜ上手くいかないのかわからない。苛々が向かうのは、もはや西村しかなかった。しかし、それでも西村はブレない。ブラジルを突き放すこともなく、異議も受けすぎず、絶妙なバランスでレフェリングする。


 76分、ピッチから出たボールを蹴ってリスタートを邪魔したオーイエルに警告。ここでカードを出さなければブラジルが荒れてしまうというような場面。試合をコントロールする上で重要な判定だった。

 また、ファウルをとった後、選手とコミュニケーションをとり落ち着かせようとする。「選手のために・・」と前置きする西村らしい、これ以上試合を荒れさせたくないという思いのわかるシーンだった。


 試合はこのまま終了し、ブラジルが敗れるという結果になる。番狂わせというカードではないが、正直ブラジルが負けるのは想像がつかなかった。

 そんな想像のつかない試合を普通に終わらせたチーム西村。アドバンテージを多用し、ボールに対するコンタクトは流すなど、エキサイティングな試合にし、かつ争点には素早く駆け寄り、常に選手にルールを意識させて荒れそうな試合を防いだ。


 この試合をもっと上手く裁けることができたか。そう考えると他に手はなかったように思えるし、こうすればもっと良かったなどという分析をするのは難癖つけるようでヤボにも思える(ブラジルが敗れたということで批判もありそうだが)。

 ということは、チーム西村なしにこの試合はありえなかったということではないだろうか。それはFIFAがこの後の割り当てで証明するだろう。


 最後に、笛の音に批判的なメッセージもあったが、現地ではあれくらいの笛でないと、ブブゼラにかき消されてまったく聞こえない。ブブゼラはチアホーンの比ではない。隣の海外ジャーナリストとの話も普通にできない。私のもうひとつの仕事、クラブの取材にいったような感じで、体感すれば、あの笛が試合に必要なことは理解できるはずだ。


 これはひょっとするとひょっとする。大げさではなく、日本サッカー界の歴史が今大会で大きく変わるかもしれない。




~採点基準~

5:彼なしに試合はありえなかった

4:普通に試合を終わらせた

3:ミスにも見えるシーンがあったが、試合に影響はなかった

2:試合に影響はなかったかもしれないが、カード・得点に対する微妙なシーンがあった

1:ミスから試合の流れを変えてしまった

0:試合を壊してしまった