世界25カ国が参加する「インド洋・東南アジア地域ウミガメ協定」(IOSEA)は、2006年3月1日からの1年間を「国際ウミガメ年」として、ウミガメの保護の国際キャンペーンを展開すると発表した。この協定はウミガメの保護とその個体数の回復、インド洋と東南アジア地域の生息地の保全を目的としている。日本は加盟していない。
 世界野生生物基金(WWF)ではこの「国際ウミガメ年」に協力して、保護区の設立(インドネシア)、産卵地の保護(ケニア)、人工衛星による追跡調査(ベトナム)、混獲防止のための改良漁網の導入(フィリピン)、国家保護計画の策定(マダガスカル=スイスとフランスが支援)などを計画している。
 現在、地球上に生息するウミガメは7種。IUCN(国際自然保護連合)の「レッドリスト」では、このうち個体数の減少の激しいオサガメ、タイマイ、ケンプヒメウミガメの3種が「絶滅寸前種」(絶滅危惧ⅠA類)、さらにアオウミガメ、アカウミガメ、ヒメウミガメの3種が「絶滅危機種」(絶滅危惧ⅠB類)に指定されている。7種とも絶滅に瀕する動植物の商業取引を禁じたワシントン条約(CITES)の附属書Iに絶滅危惧種として登録されている。
 ウミガメの行動範囲や生息域は、海に生息する爬虫類のなかではもっとも広範囲におよび、その生態はよくわかっていない。しかし、近年の人工衛星による追跡調査などから、その成長に応じてさまざまな国の海域を回遊することが明らかになって、ウミガメの保護には国際協力が欠かせなくなった。


 この約200年間、ウミガメは乱獲されつづけてきた。ウミガメの肉はスープやステーキとして珍重され、卵は栄養価の高いことから強壮剤として人気が高い。甲羅は装飾品や眼鏡のフレームにされた。こうした消費に加えて、産卵地の砂浜の破壊などによって、その数は急激に減ってきた。とくに、魚を捕るために仕掛けた漁網や釣り針にかかって混獲の犠牲になるウミガメの数は、世界で毎年数万頭にもなると推定される。
 このため、国連食糧農業機関(FAO)の水産委員会は今年3月、「混獲」を減らすために各国が取るべき対策を定めた初の国際指針案を採択した。そのなかで、えさの種類や針の形、針を投入する深さなどを工夫して混獲を減らす手法や漁網の改良といった技術的対策を示して、各国政府に取り組みを強化するよう求めている。日本政府もマグロはえ縄漁船に混獲の少ない釣り針を使うよう指導するとともに、東南アジアや中南米の各国に対する技術支援と資金協力を強化する方針だ。
 国際自然保護連合(IUCN)の専門委員会は2006年4月、危機的な生息状況にあるウミガメのリスト(産卵上陸地別)を公表した。なかでも、もっとも絶滅が心配されているのは太平洋に生息するオサガメだ。中南米や東南アジアでは、過去20年足らずのうちに個体数が1割以下に減った。マレーシアでは、1960年代にはオサガメの産卵が5000ヵ所であったが、最近は10ヵ所以下になった。日本関連では、本州以南が主産卵地である太平洋産アカウミガメが、危機リストの4番目に入った。日本とオーストラリアでは、産卵のために上陸する数が過去25年間で1割以下に激減したという。同委員会は、減少の理由として、乱獲や混獲、産卵地の破壊や海洋汚染を挙げているが、地球温暖化も「異常気象などで産卵地や生息域に影響を与える恐れがある」と指摘している。


 また自然災害による犠牲もある。IOSEAの調査によると、インド洋大津波はウミガメにも大きな影響を与えた。インド洋沿岸では、津波によって産卵したウミガメの卵が砂浜ごと洗い流され、また砂浜が漂流物で埋まって産卵できなくなった。上陸前にウミガメが栄養をとるサンゴ礁が破壊され、海底も汚染されてウミガメが被災地域には近づかなくなった。
 スリランカの海岸には、アカウミガメやオサガメなど5種類が産卵に上陸する。これをみるために多くの観光客がやってきたが、津波によって激減してしまった。それまで、観光客の案内で収入を得ていた漁民は、生活のためにウミガメの肉や卵を売るようになって、大量のウミガメが殺されているという。
 一方、タイでは津波の復興支援計画によって、被災した漁民に漁船、魚網などの漁具が無償で配布され、津波被災以前よりも大量の漁具が出回っている。漁民は津波の被害を取り戻すために、少しでも収入を増やそうと無理な漁業をし、その巻き添えになって多数のウミガメが混獲され、一部は肉として市場に出回っている。


 日本では5種のウミガメがみられる。このうち産卵が見られるのはアカウミガメ(福島県から沖縄県)、アオウミガメ(小笠原諸島や南西諸島)、タイマイ(沖縄県)の3種。オサガメとヒメウミガメは産卵しないが、沿岸を回遊して魚網にかかったり、海岸に漂着することがある。
 環境省のウミガメに関する全国調査によると、産卵のため上陸したウミガメが、太平洋側を中心に22都府県475か所の砂浜で確認されたものの、10年以上つづけて確認されている砂浜120か所のうち47か所で上陸数が減っている。
 アカウミガメの国内最大の産卵地である屋久島北西部の田舎浜などで、NPO法人屋久島うみがめ館が、1985年からウミガメの産卵を記録している。産卵のため上陸するアカウミガメ数が全国の3割強を占めていることがわかり、昨年11月、国際的に重要な湿地を保全するラムサール条約に登録された。
 同館によると、2005年に田舎浜で産卵したアカウミガメの産卵回数は、前年より12%減の1879回だった。同条約登録もあって、アカウミガメ産卵・ふ化シーズン(4月末-8月)には1万人を超える見学者が集中するようになった。同館は「見学する観光客の増加が産卵行動に影響を及ぼしており、ウミガメと観光客の共存方法を考えるべきだ」としている。
 夜間上陸して産卵するウミガメを観光客がライトで照らして見物するために、神経質になって産卵回数が減る現象は、福岡県福津市の恋ノ浦海岸など各地で確認されている。また、駐車場を出入りする車のライトも影響を与えているという。
 昨年5月から9月にかけて、神奈川県の鎌倉から茅ヶ崎を中心に、60頭ちかくの死んだウミガメが漂着した。腐敗していて死因の判らないものがほとんどだった。なかには、はえ縄の針が食道に刺さったものもあった。
 一方で、明るいニュースもある。愛知県豊橋市は今年3月、同市の表浜海岸の砂浜に設置した消波ブロックが、アカウミガメの上陸や産卵を妨げていると指摘されていることから、一部を撤去することを決めた。ブロックは海岸の浸食防止を目的に1960-80年代、国の補助事業として設置された。環境に配慮して消波ブロックを撤去するのはきわめて珍しい。


(岩波書店刊『科学』連載の「地球・環境・人間」から転載)

(記事中、「流し網」とあったのは、「はえ縄」の間違いです。訂正します)