人間って一体何を求めて

生きているんだろう。

どこに向かって生きているんだろう。

という漠然とした疑問を

当たり前のように抱えながら

生きていたと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歴史からして文明の発展

科学技術の発展

便利さの追求

食糧が豊かであること

病気にかかっても治療できること

文化的にも豊かであること

そういう意味での発展,成長

それが人間が目指していること

なのかな,なんて,漠然と思っていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

産後のことでしたが

赤ちゃんって生後3か月くらいで

笑うようになるんですが

私を見て笑う息子を

初めて見たときに

心の底からというか

物理的にも体の胸というか胴体の奥底から

感動と歓びが込み上げてきたんです。

これまで感じたこともないようなものでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それまでの人生の

どんなときよりもはっきりとした

生きる歓びを感じました。

こんなに幸せなことってあるんだな,と。

感激したんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

理屈じゃないけどこれこそが

はっきりとした生きる歓びだと

そう思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だけど,ふと思ったんです。

赤ちゃんの笑顔って

それこそ,文明が発展するよりも

ずっとずっと前から

人類の始まりの始まりから

あったはずだよねって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんなに確かな生きる歓びが

はっきりと,何千万年も前から?

我が子の笑顔というものは

確かに存在し続けていたはずなのに

どうしてそれよりも大事なものが

あるかのように

奪い合ったり殺しあったりということを

繰り返しているのだろう。

それが不思議で不思議で

仕方なくなりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして,そのときに

どうやら私は,とてつもなく

壮大な虚構に洗脳されていたのではないか

みたいに感じたんです。

私は,息子の笑顔を見て感激した

この感覚を絶対に忘れないようにしよう

と胸に刻みました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人類という大きな視点で見ると

人類の幸せというのは

子どもたちの笑顔じゃないかな

と思います。

息子のおかげで

私が生きていくための指針

みたいなものが

揺るぎない感じでできたと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一には我が子が一番。

息子が笑顔でいることが最優先。

息子が笑顔でいるために

母親である私の笑顔も大切だし

私が生き生きと生きることも大事。

そして,私は,子どもたちが笑顔で

いられるような社会を目指したい

具体的に何かをやっているわけでは

ないですが

日本の国や世界がより良くなってほしい

みんなが幸せに生きられる社会になってほしい

そういう仕事がしたい

と思いながら生きています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう考えて生きているだけで

ご縁って繋がるのですよね

ということも次々と起こっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

子どもたちの笑顔こそが

人類の歓びだろう

と,私は確信を持っています。

そこさえはっきりとしていれば

人から認められたいとか

社会的に評価されたいとか

自分には価値がないんじゃないかとか

そういうことって

どうでもいいちっぽけなことだと

思いませんか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そういう意味でも

息子にはとても感謝しています。

 

 

昨日の夕飯は,ポテトサラダと

小松菜と揚げのお味噌汁と

アジの一夜干しでした。

息子はポテトサラダしか食べなかったし

その後アイスが食べたいと言って

食べていましたけども

「どうぞ〜」という感じです。