なんなだこの政党は。
国債の日銀引き受け。
復興財源をどこからもってくるのか?民主党税調で、最後の調整をやっているが、結論がなかなかまとまらない。その財源の中に、一部であるが、財源として発行した国債を日限が買い取ったらいいではないかと言う話がでているが、以前に紹介した藤巻さんの著書「マネ-避難」でも国債の日銀引き受けをせざるをえなくなるだろう。と指摘しています。ところが日銀で国債を買い取って紙幣を増発するという事は禁じ手であるために日限の白川総裁もことわっていますが、復興財源にまで話が出てきていることは、そう遠くない時期に、いずれ引く受けざるを得ない事態になると書いております。何故国債の引き受けが悪いのか?それは将来普通のインフレでなく、ものすごいインフレになる事が十二分に分かっており、やがてハイパ-インフレになるというのが誰もが承知しているから、それが出来ない。しかしやらざるを得ないところまで来ている。これが今の日本の現状と言えるようである、私もそう思っている一人だが、かって国債発行、いまは常識になっているが、これも国債は発行してはならない事になっているため、毎年毎年、特別国債法案を作り発行を続けている。その総額1000兆円という事になる。
もはや国債を買ってくれる人は期待できないから日銀が引き受ける。ここまできたらいよいよ最後の章に入ったいえるのだろか?企業も海外に本店工場を移転する話がでているが、すでにシナリオの中にはいっているようだ。
改革官僚 古賀氏辞表。
こけたら たちなはれ。
野田政権が誕生してから、松下政経塾の一期生としてどのような、勉強をしてきたのか,調べたく、書籍を探していたら、昭和55年に開講してから丁度一年目の56年に発刊した松下政経塾講和録という本を探す事ができ、先日読み終わった。講師の先生の中に松下幸之助氏の愛弟子で当時三洋電機相談役をされていた、後藤清一さんの話がでていたが飾り気がなく、松下氏との思い出が、手に取るようにかかれており時には笑い、時には涙する内容で、松下氏の書籍を愛読してきた一人として、人間松下幸之助を別の角度から知る事ができたように思えた。 「こけたら たちなはれ。」のタイトルは以前後藤清一さんが、書かれた本のタイトルで、40年近くになろうか、タイトルが変わっており、なにかおもしろそうな事が書いてあるのではと思い購入したが今もって読んでおらず、講和録を読み終わってから、なつかしく、いまこそ読む時だと探してみたが、見つける事できませんでしたが、必ず近い内に読んでみたい1冊になりました。 こけたら たちなはれ。 そもそもの話は昭和9年の、室戸台風で松下電器の一工場長だった後藤氏の工場が大半壊した時、松下社長がこられたそうです。こわれた工場を見ていただくつもりで、門のところで被害の報告を聞いた松下社長が「そうか わかった」と。「ちょっと倒れた工場をみてください」と申しあげると「そんなもん見たってしょうがないで」そして 「後藤君、こけたら立ないかんのや。こけぱなしはいかんで。早うたちや」といって帰られたとの事です。
気にとめなければ何て事のない話ではあるが、「にこけたら たちなはれ」の意味がわかった者にとっては40年」ぶりに、探し物をみつけたような思いなんです。 10月1日から松下幸之助氏がモデルになった「神様の女房」が始まるが、もっと早くドラマになると期待していた者にとって、ついにきたかという気持ちです。待ち遠しい。
土光さんの これが行革だ。-2
何故この国は改革が進まないのだろう。国民が無知なのか? 国会議員が悪いのか? 官僚が悪いのか? マスコミが悪いのか?これらすべてに原因があるのだろう。32年前、土光さんが行革の提言をした時期は、私もまだ若かった事もあるが、たしかに仕事の量は少なかったという記憶はあるものの、この先どうなるのかという心配までは、なかった。少し我慢すればよくなるという期待感はあったような生活を送っていたがやがて少しずつ回復し、平成元年前後のバブルを迎えるが、人間とは忘れやすい動物なのか、土光さんが進めた行革もいつのまにか忘れ去られ、マスコミも含めて、行革と言う言葉は死語になってしまった。そして失われた20年といわれる時を迎えいよいよ、国も 企業も個人も先が見えない、様相になってきたが思える。今の不況感は、30年前の時の不況ではなく、すでに綱わたりをしながらのその場しのぎの場当たり国家運営といえる。大変な時代にはいったといえる。あの時土光さんの行革を進めていればと、思わずにはいられないが、その時はたしかに難しいと思えたが、少なくとも少なくとも、政権交代があったあの細川内閣の時、もう少し国のあり方が変わっていたら、と思えてならない。最後に土光さんの講演から
なぜ、明治は燃えるのか 土光敏夫
日本経済は,1970年代はなんとか問題を解決してきた。
80年代以降は、本格的に考えないと、日本民族が21世紀に文化生活を高めていく事はできない。 いま、根本的に大事な事は、行政改革である。わたしは21世紀には(この世にはいないので)関係ないが、我々の子孫が大変な事になってはまずい.こんどの行革は、日本としては最後のチヤンスである。
30年前に国民に提示した事が一向に先に進まず、その結果としていま国家が危機に直面しているのを考えると、何が必要なのか?国会議員に、もはや頼る事が出来ないとすれば、後はマスコミの力を借りて喚起していただくしかないのだろうか。