救世主世界君臨、ネフェルティティは母キリスト | is6689のブログ

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        神聖日本の神器

      八咫鏡



  クサナギの剣

「広く会議を起こし万機公論に決すべし」-五カ条の御誓文ー

「万機」とは多くの重要な事という意味です。日本人にとって八咫鏡とクサナギの剣は最も重要なものです。広く会議を起こし公論に決しましょう。

   印象操作

アクセス件数が3倍以上伸びました。

しかし順位、全体もジャンル別も下がりました。・・・・・・・・・・。これは詐欺政府の「印象操作」と思います。読者はわたしのブログ記事へのアクセス数を全体順位から推測するしか方法は無いでしょう。4万台の順位だと、アクセス件数は200ほどでしょうか?詐欺政府=朝鮮政府は神聖日本の神器について多くの人はあまり関心は無いと印象付けたいのでしょうか。また数の少なさを作り出してわたしの記事への信ぴょう性を貶めるつもりでしょうか?ほんとに、いつまでも卑しさから解放されない、悔い改めを知らない詐欺どもです。明治以降のニッポンは国を装ったセンミンヤクザ組織にすぎません。詐欺でしか生きれない哀れな組織です。八咫鏡が出て「皆ゼロ」にします。同胞真正日本人の皆さん、八咫鏡について広く会議を起こしましょう。真正日本人を朝鮮ヤクザ組織から解放するのは神鏡八咫鏡です。

   神鏡は「太陽円盤」

4月12日9時21分

何だ、これは?大きな湖?鏡?円盤?の想いが出ました。次のテーマへの導きでした。 

4月14日17時36分

4月8日17時01分

上の二つの画像を比較してください。14日17時36分、この数霊の刻に鏡は「わたしは光を放っている」と伝えたのではないでしょうか。

昨夜、19時30分頃神社にいました。以前から、夜でも鏡の前庭は明るく、なぜだろう、月明かりも無いのにと思っていました。昨夜のその時間帯の天気は曇り、しばらくして雨が降ったほどの曇りでした。しかしとても明るく懐中電灯無しで歩けました。鏡から光が出ていると確信しました。闇夜を照らす救いの光です。  

「大円妙鑑大姉」


ここに、先祖伊平安山が八咫鏡を隠しました。1813年(癸酉歳)の事です。1873年(明治4年癸酉歳)先祖伊砂富が鏡を出し正八幡神社へ移し預けました。昭和36年9月23日八幡神社は現在の地、1655番地へ移り、社名を「義名山神社」と改め現在に至っています。八咫鏡は今、イシャンダリムイの義名山神社にあります。わたしはここから移すべきではないと考えています。詳細は別途に。誰でもこの社で八咫鏡を拝し、その光を受けることができます。世界に開かれた救いの杜です。


八咫鏡がそこに無いのにそのエネルギーはそこに滞留?しているという事の証拠写真です。「滞留」という表現がふさわしいかどうかは分かりませんが。鏡のエネルギーは恐ろしく大きいものだと思います。科学的調査が必要と思います。51×51×27㎝の箱に鏡があったという事は「51」の数霊から考えて、鏡の光は免古世を生む『聖霊』と思われます。免古世=新生した人です。

高天原=伊仙町の堅石です。検福「銀竜洞」の一段上の鍾乳洞にあります。島言葉で『真石』と言っています。

分単位で同じ時刻での撮影です。真石が光を放っている事が分かります。上の方の写りかたを比較してください。

天の岩戸開きの際に造られた八尺鏡は「堅石」と「金山のまがね」が素材と古事記に記されています。「まがね」は「鉄」という漢字にふられたルビです。わたしは堅石=真石、まがね=眞金=金と考えています。「金山のまがね」の「金山」を意識しての事です。岩戸開きの際の八尺鏡は「真石」と「金」で造られた鏡と思っています。学者たちは「まがね」を「鉄」と考えているようです。

天孫降臨の際に天照大神様から邇邇芸命に授けられた鏡は、「八尺鏡」とは表記されていませんので、同じものであると根拠をもって言うことは出来ません。わたしは義名山の鏡が真石と金からできていると科学的に明らかにされて初めて同じものであると言えると考えています。したがってわたしが皇位に還り鏡の素材を科学的に明らかにするまではこの問題の解決はお預けです。 

不思議に、わたしが持つ真石は天神殿の磐座シシの頭の所にピッタと納まります。

直径20センチ

陸上競技、円盤投げの円盤の大きさは男子が22センチ、女子は18センチと広辞苑で知りました。その中間は20センチです。「円盤」を大きさで定義すると「直径20センチ」が入ります。義名山神社の鏡はその定義に従って『円盤』です。その円盤はまるで太陽のように自ら光を放っています。義名山神社の鏡はその特徴から『太陽円盤鏡』と言うことができます。太陽円盤鏡はネフェルティティにつながります。

   ネフェルティティ

ネフェルティティの胸像

ティティの冠?頭上からの撮影です。朋友平順二君が伝えてくれました。この円の直径は20センチではないでしょうか。ティティが信仰していたアテンの「太陽円盤」を伝えているのではないでしょうか。

  太陽円盤

円盤から救いの光を受けている事を伝えています。詳しくはネット等で調べてください。

ネフェルティティについては歴史上の存在ではあるが、よく分からないというのが現実のようです。『名は体を表す』ですからその名から考えます。上の画像を見てください。そこに「対」を発見してください。・・・・・・・・・・・。

Beautyとthe beautiful oneが「対」になっています。「美」というのは抽象です。「美しい人(one)」は具体です。「アテン由来の美が具体的な姿をとって(エジプトに)やって来た」というのが英文の意味です。抽象は「天」です。目に見えない世界です。具体は「地」です。目に見える世界です。天の美が地上に具体的な姿で現れたのがネフェルティティです。Beautyに冠詞が付いてない事にも注意してください。冠詞=限定する言葉です。限定されない美=神の美です。その神はアテンです。

  アテン

日本語で解きます。

ア+テ+ンと分けて考えます。

ア+ン+テに変えます。

ア=初め

ン=終わりです。

「初めであり終わりである」存在は神です。その事を宣言した存在は神キリストです。

テ=手です。手の意味は「救いの手を差し伸べる」から推して「救い」です。

アテンとは「救いの神」という意味です。

ちなみに「アメン」を解きます。

メ=目です。目=監視です。「アメン」の意味は「監視する神」です。

ネフェルティティは「監視する神」から「救いの神」への信仰の転換を説いていたのです。その救いの神の象徴が「太陽円盤」です。

  ネフェルティティ

を言霊で解きます。

ネ=根、根本です。または子=初めでもいいと思います。

フェル=ノアの箱舟の材「ゴフェルの木」の「フェル」と同じ意味です。わたしは先に聖書からその意味を「神が現れる」と説いています。

さらに細かく考えて「フ」+「エル」で考えるのもいいと思います。「フ」は息を吹きかける音です。主キリストは弟子たちに息を吹きかけて「聖霊を受けなさい」と言っています。ヨハネ伝20章22節にあります。この文脈で「フ」は「聖霊」です。聖霊は神です。「エル」は天使の名に多くついています。神的存在が現れるという意味です。

「ティティ」については徳之島の人にしか分からないかもです。島の北に「ティティ」と発音する集落があります。漢字で表記すると「手々」です。ティティ=手々です。手々は二柱の救いの神を伝えています。父なる神と母なる神です。

ネフェルティティを言霊で解くと「根本の神、救いの神、父なる神と母なる神が現れた」という事です。

   夕日の神

「アテン」は夕日の神格だそうです。創世記に「夕があり朝があった」とあります。初めは「夕」です。初めは神ですから、聖書の神は実は夕の太陽神アテンです。救いの神です。わたしのへの神からの伝えもほとんどが「夕刻」です。夕日には人を優しくする気があります。救いの神は夕日の神です。

    現人神

ネフェルティティは、・・・・・・・・・・母なる神キリストが人(王妃)の姿をとって現れた現人神です。イエスキリストは母なる神キリストが御子の姿をとって現れた現人神です。そしてなんと、天皇家の鏡に現れた姿はネフェルティティです。・・・・・・・・・・という事は、天照大神様=ネフェルティティ=母なる神キリストとなります。皆さんも考えてください。

万世一系の天皇ダビデ

彌勒の転輪聖王ダビデ     



 


 


 


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