救世主世界君臨、神は人類の「父母」と発見 | is6689のブログ

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             両親の神

 創世記1章

前回、聖書に神は「われわれ」と伝えている事を創世記3章22節で示しました。時を置いてそれより先に神を「われわれ」と表現している箇所があるか気になり、調べて1章26・27節に見つけました。「われわれ」で伝えられている真実は何かを考えます。

われわれ=「複数」を伝えています。

神は「われわれに似るようにわれわれのかたちに人をつくろう。」と仰っています。

「神は人をご自身のかたちに創造された。」と記されています。『ご自身』は単数形の表現です。出発は複数でしたので、ここの表現を「神は人をご自身たちのかたちに創造された。」に改めます。ちょっとしたことですが、この表現で「人を男と女とに造られた。」とつなぐと「神も男と女である」と自然に推理できます。

欧米のキリスト教会で「神は男と女である」と聞いた事がありません。しかし「創世記」1章にそう書いています。

  日本語で考える

次に男と女を「おとこ」と「おなご」で考えます。純粋な日本語です。「おな‐ご」は広辞苑に「(ヲンナゴの約)①女の子供。②女。婦人。」とあります。

人=(おとこ)+(おなご)です。右辺を因数分解します。

人=(おと+おな)子となります。この式より、人=子とわかります。男と女である神がつくった人は『子』と発見されました。という事は神は『親』となります。男と女の親ですから、『父』と『母』です。聖書の神は『父母の神、両親の神』と発見されました。欧米のキリスト教会で「父なる神」は聞きますが、「母なる神」は聞きません。聖書の神を日本語で考えて欧米のキリスト教を進歩させたと思います。先述していますが、「アダム」の意味も日本語で「仇ム」と考えると、ム=神に仇する人という意味になり聖書の理解は進むと思います。日本語は聖書の意味、即ち神の人類救済の道を知るのにとても相応しい言葉と思われます。

  扶桑

「扶桑(ふそう)」は広辞苑に「中国で東海の日の出る所にあるという神木。またその地の称。」と説明されています。

扶=手+夫です。神木との事ですから「夫の木」です。扶が夫であれば、自然な推理で『桑』は「妻」と考えられます。漢和辞典で「桑」の解字の説明に「枝葉のしなやかなくわの象形」とあります。しなやか=女性です。「又」が三つの文字も漢和辞典に調べると『女性』の意味があります。詳細は別途に。

『扶桑』の神木は夫婦神を伝える木と思われます。先天道天の神殿の真中の木がそれだと思います。   


南東側から見ると『出尻』の特徴から女神と納得します。「女神イシスの樹」と先に伝えています。


女神の樹を南西側から見ると『逆三角形』の上半身の特徴から『男神』を思います。『扶』と『桑」を伝える神殿の1本の樹です。

マジュン(蛇)の花です。木の下に咲いていました。今日の発見です。前回は見ませんでした。「急」の感じがします。ここの神殿の大蛇の木について「御子」の木と先に伝えています。マジュン花はこの木が『扶桑』と伝えていると思おもわれますが、どうでしょう。

万世一系の天皇ダビデ

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