無惨、卑弥呼の塚、伊仙町の恥さらし | is6689のブログ

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     無惨

  女王卑弥呼の塚


径百余歩の塚

 画像左下に見える小屋の上が古墳の後円部、右に少しカーブして前方部が続いていました。全長は歩数百余歩、110歩程でした。伊仙町の不勉強から前方部は壊され畑になりました。町長、大学教授を含め、多くの識者を案内し意見を聞いて、これは古墳で、卑弥呼の塚の可能性があるから壊さないようにとわたしは警告しました。にもかかわらず、・・・・・・。無知と偏見と傲慢のなせる業です。「奄美王国」を知らず、奄美に古墳があるはずはないとの思い込みから、為されたことでしょう。



 前方部が壊される前に、当時、町の観光協会長であったわたしが命名しました。「上面縄姫按司墓古墳」と。地元では女性の按司の墓と伝えられています。この墓を「古墳」としたことで、町の教育委員会と文化財審議員の先生方から大変な反対を受け、「名前を変えろ」と言われましたが、わたしはこれが「古墳」と認識できない先生方の方が、おかしいと突っぱねました。徳之島の古墳はこれだけではありません。

 前方部が切り取られた現在の古墳です。無惨です。



 壊され道路となった旧前方部です。後円部から撮りました。下り坂になっています。間違いなく前方部です。



 後円部です。円形になっています。


   後円部の中に遺跡



   

   船首

 これが船の「船首」と分かりますでしょうか。・・・・・・・・・・・。



 船の中

 船の中の霊木、ウスクの木です。ウスク=赤秀(あこう)のようです。この木の下に死者を埋葬すると聞きます。この下は空洞になっていると、集落の方から聞いています。調査はなされてないようです。聖書で樫木の下に埋葬する例があります。「創世記」35章8節に「リベカのうば、ボラは死に、ベテルの下手にある樫の木の下に葬られた。・・・・」とあります。



 これは古墳でしょうか?・・・・・・・・・、卑弥呼の塚の近くにあったものです。その可能性があると町長に話したのですが、・・・・・・・・・・。壊され、今は畑になっています。



裸足、ユダヤ人風の服

頭部の蛇=王のしるし

   半眼

   祭器

 この像は女王卑弥呼とわたしは考えています。裸足の女王で、半眼の霊能者、手に祭器を持っているからです。女王国は「皆裸足」と史料にあります。それから、服装がユダヤ人風で、頭に蛇の形象を置くのはエジプト風であること、さらに祭器の二つの大きな目から卑弥呼は中東の人と感じます。シュメール人の可能性があります。


  伊仙町不勉強、恥さらし

 伊仙町は既存の歴史認識をひっくり返す大変な史料を持ちながら、不勉強からその価値に気づいていません。女王の塚の前方部は壊され、無惨な姿をさらしています。これは伊仙町の恥さらしです。残った塚の後円部は、今、草ぼうぼうです。奄美の君の居城、ウガングスクも草ぼうぼうです。このままでは伊仙町は世界から白眼視されるでしょう。目覚めよ、伊仙町。


 万世一系の天皇

伊仙町対い鶴一族

 平安天皇ヨシュア

 

 


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