22 土曜 自慢は知恵の行き止まり

23 日曜 何でも来いに名人無し

 

入蔵が読むことがわかっていたかのような日めくりカレンダーです。

 

入蔵は「何でも来い」というほどの生活を送ってはいませんが、興味が定まらないところを諫められているように感じます。

 

世の中には「多才」の人が実際にいます。

 

歴史上の人物でいえば数限りないです。

 

入蔵のような文字通り「浅学非才」な人間が、成功とまではいかなくともある程度の実績を残すには、時間と能力を分散させずに一つのことに集中させることが大事でしょう。

 

とにかく入蔵は片付かない家をなんとか片付けようとしているのですが、「本の山」に溺れそうになっています。

 

どなたが言っていらしたか忘れてしまいましたが、「本棚を見ればその人の人となりがわかる」そうです。

 

入蔵の本棚を見た人は、とりとめの無い様に驚くことでしょう。

 

本人が「なんだこりゃ」と思うのですから。

 

とにかくこの人物は一体何に興味があって、どこに行こうとしているのか、本棚を見ても絶対にわからないでしょう。

 

もう還暦を迎えた入蔵ですから今更後悔しても遅いのですが、一つのことに興味を集中させて人生を送るべきでした。

 

別の角度から見れば「集中すべき一つのことを見つけられない人生を送ってしまった」ということなのかもしれません。

 

幼い頃にそういうものが見つけられ、絶え間ない修練を続ける人がいます。

 

そういう方が成果をあげ、社会的な賞賛を得るのです。

 

幼い頃からの修練が必要な仕事に就いて、実績を上げる生活の実際はわかりません。

 

「仕事が好き」「仕事が生きがい」「仕事をしている時が一番幸せ」と思っている人の生活はわかるような気がします。

 

父の生活を見ていると、必ず仕事に付いてくる「苦しみ」「辛さ」までも楽しんでいるようにしか思えませんでした。

 

「お金」も「名誉」も大事でしょう。

 

それを求めるのが「仕事をすること」の大きなモチベーションになる事は事実だと思います。

 

ただ、本当に「お金」も「名誉」も求めずにただひたすら「純粋に仕事を楽しんでいる」人物がいる事は確かです。

 

とにかく入蔵には父はそういう人であったとしか思えません。

 

まあ、その結果かどうか入蔵の父は「お金」も「名誉」もそこそこの感じでしたが、仕事を通して、「精神的に得られる幸せ」をこの上なく享受した人だとは言えそうです。

 

だからといって、家族をないがしろにするという人でもありませんでした。その点も入蔵は感謝していますし、尊敬してもいます(リスペクトではありません、尊敬です)。

 

さて、いろいろな事に首を突っ込み、どれもこれも中途半端な入蔵は、「プロ中のプロ」を目指すべきであるにもかかわらず、「素人のプロ」あるいは「プロの素人」を目指して、とにかく仕事に関係の無いことに細切れに時間と労力を費やしているのです。

 

父のように「仕事を通して幸せを掴んでいた人」とは違い入蔵は家族を幸せにしている実感が無いです。

 

というか不幸にしていると思います。

 

これで良いわけは無いです。

 

良いわけないと思いつつ、こんな記事を書いている入蔵。

 

さて、明日も本の山に埋もれつつ、どんなことを考えるのでしょうか。

 

今日の夕食はレ○スク○ブの付録の冊子に出ていた「豚肉、長ネギ、アボカドで作る料理」でした。本当に簡単です。

 

でも、いつも採点が辛い次男が「うまい!」「豚肉とアボカドがこんなに合うとは!」といったくらいですからよほどおいしかったのでしょう。

 

子供たちは入蔵に少しも残してくれずに平らげてしまいました。

 

このときだけは家族をちょっと幸せにできたのかもしれませんし、ちょっと復讐されたのかもしれません。

 

「家族を幸せにする」とはこういうこととはちょっと違うのでしょうけれど、それでも少しは慰められます。お兄ちゃんもおいしいって言っていたし。

 

今日はとにかくこれでよしとします。

 

入蔵の家の辺りでは、今雷がなり始めました。

 

クーラーをかけているにもかかわらず室内の気温は29.8度です。

 

少し、気温が下がると良いのですが、湿度が又上がるだけでは困ります。

 

憂鬱な雨が救世主になってくれると助かります。

 

では、また(^^)/