入蔵が小学校に上がったとき隣のクラスの担任の先生ははだいぶお年を召していたように思えました。

 

補聴器を着けていらっしゃいましたし、ご本人のおっしゃることから考えると戦前から教師をなさっているようでした。

 

でも、つい最近まで入蔵は「それでも定年前だったのだから50代だったのだろう。

今と比べて、同じ年代でも老けて見えていたのだろう」と思っていました。

 

先日、小学校の教員をなさっていて、数年前に定年退職をなさった方が来院なさいました。

 

「最近、皆さん、お若く見える」という話題でお話が弾み、例の隣のクラスの担任の先生の話になりました。

 

すると「それは見かけ云々の話ではなくて、実際にお年を召していたのではないですか?

昔は一般の地方公務員に定年はなかったので」とその患者さんはおっしゃいました。

 

冷静に考えてみると、その先生の息子さんは、当時かなり有名だった俳優さんで、その俳優さんは、今生きていらっしゃったら90歳を越えていらっしゃいます。

 

入蔵が小学生の時にその先生が50代ということはさすがになかったはずです。

 

昭和56年に地方公務員法が改正にされ、昭和60年の331日に施行されるまで、地方公務員には定年が無かったのです。

 

それで思い出したのですが、入蔵の卒業した高校は都立でしたが、そこに昭和5年に教員になったという先生がいらっしゃいました。

 

その先生が50代だったわけはありません。

 

入蔵の卒業した高校には20年、30年と勤務していらっしゃる先生が複数おいでになりました。

 

どうしてそんなことができたのかわかりませんが、そういった先生方が「節度ある自由な校風」の堅持に、不遜な言い方ですが、寄与してくださっていたのだと思います。

 

入蔵の卒業した高校は今はもうありませんが、入蔵の人生で唯一誇れることは、その高校で多感な青春時代を本当にいい仲間、教師と過ごせたことです。

 

教師とちがって検察官はその任務と、権限に大きな違いがあります。

 

どちらが偉いという話をしているわけではありません。

 

違いがあるという話です。

 

国家公務員も、昭和60年の331日以降に定年制が施行されたのですが、検察官、検事総長は、その職務権限の重さ、特殊性のゆえに、それ以前に検察庁法の第23条で定年が定められていました。

 

インターネット上には「公務員の定年を引き上げたり、その年齢をそろえたりするのはいい考えだとは思うが・・・」などという意見も見られるようですが、そんなのんきな問題ではありません。

 

入蔵のようなものでも、「ここそろえちゃダメでしょう」ということはわかります。

 

ましてや「実際的に定年無し」でいい職業だとは思えません。

 

強い権限のある立場に長くつくことの是非だけでなく、単純に精神的、体力的なことを考えても、かなり無理のかかるお仕事なのではないでしょうか?

 

ずいぶん生意気なことを書きました。

 

ある方のご意見では、「生意気なことを言ってはいけない職業」もあるようです。

 

入蔵は歯医者が上に書いたようなことを「言っていいのか、いけないのか」わかりません。

 

ただ、誰でも「『本当のように思える嘘』を言ってはいけない」のは確かでしょう。

 

それを言っている人の職業がどうのこうのと言っている暇があるなら、「本当のように思える嘘」をついている人にお目玉を食らわせたらどうですか?

 

「本当のように思える」が取れてしまって、ただの「嘘」だとわかるから、そっちの方にはいけないのかな。

 

こう書いてきて、先日も書いたチェーンメールのことをまた思い出しました。

 

知らない事とはいえ、結果的に、入蔵も「本当のように思える嘘」をついたのです。

 

結果が同じですから、言い訳のしようが無いのですが、それでも、「知っている」と「知らなかった」のとは違うように思えます。

 

検事さんの見解はどうなのかな?

 

考えが甘いでしょうか?

 

悩み尽きない入蔵です。

 

では、また。