「この人オランダ人?」

「なんで?」

「今、言ってなかったオランダって?」

「違う。ホラン。ホラン千秋さん。ホランダ人じゃないよ。お父さんはアイルランドの人かな」

 

テレビの前で入蔵が「かました」小さな洒落は無視されました。

 

もう死語かもしれない「カウチポテト」な日曜、この状況下で、入蔵はまだふざけたことを考えながら過ごしています。でも、ふざけなければ「やっていられない」気もします。

 

この国の偉い人もふざけているのでしょうか?

 

配られるマスクはまさかあの「ちっさいマスク」ではないのでしょうねえ。

 

すみません。ふざけ過ぎました。

 

さて、皆さんの中にはご心配くださった方もいて、お供物をお送りいただいた方もいらっしゃいました(心から御礼いたします。お花を送ってくださった方も、このコロナ禍の中に墓参してくださった方もいたようです。本当にありがたいことです。故人もどんなに喜んでいることでしょう)女房の七回忌ですが、結局、行いました。

 

不急ではありませんが、不要とは思えなかったからです。

 

広い本堂でご住職を入れて6人での法要です。

 

4人掛けくらいの幅のあるベンチに、一人ずつ座れるのですが、妹夫婦は二人で一つのベンチに座っていました。

 

ほほえましく、うれしく、そして羨ましくもありました。

 

妹の所は、長男が今年大学院を卒業し、広島の方に就職し、一昨年に就職した次男が神戸にいるので今は二人暮らしです。

 

この6年間で両家族とも生活上に大きな変化があったのです。

 

コロナで先行きは不安ですが、今は自分にできる精一杯の注意をしつつ生きていくしかありません。

 

女房は義父(入蔵の父)の介護、家族の病気など、苦労の多い生活を強いられた末に思いもかけぬ病でなくなりました。

 

法要の住職の言葉を借りれば「人生の半ば」で。

 

 

 

         ↑女房生前の我が家の生活、女房との別れをつづった五行歌集です

 

二人の子供の将来を案じていました。

 

彼女には全く信用のない入蔵が子育てしていくことになるのですから本当に不安だったでしょう。

 

長男は苦闘の末に、それでも大学の専攻科を首席で卒業できました。

 

1年時は体調が悪かったので1年時から主席は通せませんでしたが「優等賞」で「学内誌に卒業論文の要旨掲載」で卒業です。

 

「学内誌に卒業論文の要旨掲載」を目標にしていたようで、とても満足しています。

 

入蔵は長男が今の大学を受験するといった時、理系から文転でしたし、想像もしていない学校、学科の志望でしたので正直驚きました。

 

体調不良の中での志望でしたから「合格は無理かな」と思ったのですが、無事合格し通学を始めました。

 

本人は「五月まで通えないかもしれない」「前期試験無理かも」「夏休み終わったら通えないかも」「冬休み前まで通えないかも」「後期試験は無理かも」と言いつつ1年を終えました。

 

しかし、一年を乗り切ると、「本当に授業のプログラムがよくできている」「先生が学会のお手伝いを頼んでくれた」「友達が泊りに来たいって言ってるけど良い?」など、良い授業、良い指導者、良い友達に恵まれて体調は急激に良くなり、学業成績も飛躍的に良くなりました。

 

就職のことなど今後も困難が予想されます(予想というか現実に)。

 

入蔵も、次男も苦闘の人生を送っています。

 

でも、長男の大学生活を見守る中で学び、経験したように、ゆっくりでもいいので、一つ一つ地道に乗り切っていきたいです。

 

長男の大学でのめぐり逢いも順風満帆な人生を送っていたら、得られないものだったと思います。

 

それを考えると、嘘偽りなく、「苦労してよかったね」と長男に言ってやれます。

 

読者の皆さんの中にも「思い通りにならなくて」お苦しみの方もいるかと思いますが、「それなりに」道は開けると思います。

 

入蔵は「それなり」は悪くないと思っています。むしろ「それなりが良い」とも思っています。

 

志の高い皆さんは「それなり」では満足なさらないでしょう。

 

「それはそれで良い」と思います。

 

「人生ってそんなに甘くないよ」とおっしゃる方もいらっしゃることは承知していますが「必ず道は開けると思って過ごしていきませんか?」と入蔵は言いたいです。

 

今実際に病気と闘っている方には申し訳ありませんが、とにかく女房の七回忌法要を、困難な状況下ながら、女房へのうれしい報告とともに催すことができて入蔵としてはよかったです。

 

コロナ禍が早く収束しますように心から祈っています。

 

では、また。